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経済学

「勉強だけ出来ても役に立たない」は負け惜しみではなかった──非認知能力の重要性(上)

2022年06月20日(月)08時08分
中室牧子(慶應義塾大学総合政策学部教授/東京財団政策研究所主幹研究員)

「ドラえもん」には、出木杉君なる秀才の小学生と、のび太君なるあまり勉強が得意ではない小学生が登場する。仮に、出木杉君が偏差値の高い大学に進学し、のび太君が偏差値の低い大学に進学したとする。そして、出木杉君のほうがのび太君よりも大学卒業後の収入が高かったとする。

この事実から、偏差値の高い大学に行くことは収入を高めると言えるだろうか。もともと能力の高い出木杉君が偏差値の高い大学に進学しているために、その後の収入も高くなっただけではないだろうか(高い収入が偏差値の高い大学を卒業したことによるものなのか、そもそもの高い潜在能力を反映したに過ぎないのかを容易には識別できないことによって生じるバイアスを「能力バイアス」と呼ぶ)。

偏差値の高い大学の効果を正確に把握するためには、出木杉君が偏差値の高い大学を卒業した後の収入と、出木杉君のコピーロボットが偏差値の低い大学を卒業した後の収入を比較することが必要だ。しかし、残念ながら21世紀になった今もコピーロボットは発明されていないから、コピーロボットほどではなくても、十分に似通った人同士を比較する必要がある。

デール研究員らの研究では、入試の合否判定に用いられる情報においては十分に似通った人同士を比較することで、能力バイアスを制御しようとしたのだ。デール研究員らの分析結果は驚くべきものだった。

AさんとBさんの大学卒業後の収入に統計的に有意な差はなかった。つまり、偏差値の高い大学に行くことが将来の収入を高めるという強い根拠はないということになる。デール研究員らは、最近の大学入学者とより長期間の収入のデータを用いた追試を行ったとしても、同様の結論になることを確認している[Dale & Krueger, 2014]。

日本でも同じことが言えるのだろうか。私と学習院大学の乾友彦教授が、学歴や進学した大学の違う約2000組の双子を比較した研究でも、偏差値の高い大学へ行くことの効果はほとんどゼロであることがわかっている[Nakamuro and Inui, 2013]。

「シグナリング理論」と「認知能力」

2001年にノーベル経済学賞を受賞したニューヨーク大学のマイケル・スペンス教授は、企業が労働者の能力を正確に知ることが出来ないという情報の非対称性の下では、企業は労働者が「どの大学を卒業したか」という「シグナル」で労働者の能力を測ろうとし、労働者はその「シグナル」を企業に送るために大学に進学するという「シグナリング理論」の提唱者として有名だ。

大手アパレルのファーストリテイリングや大手食品飲料のネスレなど、大学1年生のうちから就職の内定を出す大手有名企業があるのをご存じだろうか。これは、何を大学で学んだかよりも、どの大学を卒業したかを重視しているわけだから、まさに「シグナリング理論」が成り立っていることを示しているといえるだろう(*1)。

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