アステイオン

欧州

NATOを覚醒させたウクライナ侵攻

2022年06月10日(金)08時07分
広瀬佳一(防衛大学校総合安全保障研究科教授)

2014年のロシアによるクリミア併合とウクライナ東部ドンバスへの侵入は、ウクライナの主権を無視して力により現状変更を図るという点で、現在のウクライナ侵攻のいわば前哨戦であった。しかしその際にも、NATOは必ずしも一体となって対応することができなかった。

たしかに2014年以降、NATOは集団防衛を目的とする演習を増やし、即応部隊の整備強化やバルト三国、ポーランドへの部隊配備なども打ち出した。

しかし各加盟国レベルの現状認識はバラバラで、それぞれの安全保障戦略文書における記述も、ロシアを名指しで脅威とみなす国はバルト三国やポーランドなどわずかであり、加盟国のなかでは少数派であった。

2017年からの米国トランプ政権は、NATOの亀裂を拡大させた。トランプは、ヨーロッパが軍事的負担を十分引き受けていない問題に焦点をあて、NATOを米国に依存する「時代遅れ」な同盟とまで糾弾した。

バイデン政権になるとNATOへの復帰を打ち出したものの、中国に対する認識の差や、アフガニスタンでの一方的な部隊撤収決定などをめぐり、米欧関係は必ずしも修復しなかった。

そうしたなかで勃発したロシアによるウクライナへの侵攻は、自由と民主主義に対する挑戦であり明確な国際法違反であった。さらに、原子力発電所への攻撃、住宅や病院などへの無差別な攻撃、違法な爆弾の使用といったロシア軍の無法ぶりが次々と明らかになるにつれ、米欧の一致した反応を引き起こした。

NATOはロシア非難の政治的プラットフォームとして機能したばかりでなく、中・東欧加盟国への部隊派遣による抑止態勢強化、情報収集、輸送支援で結束した。加盟国のレベルでもヨーロッパの安全保障認識は大きく様変わりしている。

たとえばドイツは、ロシアとの新しいガスパイプライン計画(ノルドストリーム2)の凍結に踏み切った。また紛争地への武器禁輸の原則をあらため、攻撃的兵器(対戦車砲や携行式地対空ミサイル)のウクライナへの供与を決めた。

そのうえで、トランプ政権で負担が少ないとさんざん批判された防衛費について、NATOの目標であるGDP比2%以上に引き上げることを決定した。第二次世界大戦の教訓から、国際安全保障の問題には非軍事的アプローチを重視するというドイツの戦略文化が、変わろうとしている。

中・東欧は、それまで対ロ認識をめぐって2つのグループに分かれるとされていた。バルト三国やポーランド、ルーマニアは、ロシアと隣接しているのみならず、過去にロシアに支配・占領されてきた歴史から対ロ脅威認識が強い。

それに対してスロバキア、ハンガリーは、ロシアの天然ガスや石油への依存が大きく、ブルガリアはかつてロシア帝国によりオスマントルコ帝国のくびきから解放されたことから、親ロ的であることが知られている。

ウクライナ侵攻後は、そうしたロシアへの微温的空気は一変した。中・東欧すべての国がロシアへの制裁に参加し、バルト三国やポーランドに加え、ルーマニア、スロバキアも米軍やNATOの部隊を受け入れた。

それどころかNATOに入っていない非同盟国スウェーデン、フィンランドや永世中立国スイスまでもが制裁に参加し、攻撃的兵器の供与をも実施している。

PAGE TOP