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経済学

最高峰の学術誌で発表された「やり抜く力 GRIT」の育て方──非認知能力の重要性(下)

2022年06月20日(月)08時12分
中室牧子(慶應義塾大学総合政策学部教授/東京財団政策研究所主幹研究員)

日本におけるプログラムについて

ここから、日本が学ぶべきことは多くあるように私には思える。日本でも近年徐々に非認知能力が重要だという認識は高まりつつあるが、いまだ多くの学校や保護者は「偏差値」という物差しで測ることのできる認知能力に強い関心があり、非認知能力を育成することを明確に目標に据えたプログラムの開発は後手に回っている印象がある。

文科省が推進している研究開発学校制度などもあるが、ごく限られた一部の生徒を対象にした体系化されないプログラムが多く、アラン教授らが行ったような定量的な効果検証もなされないため、他の公立学校に横展開できるようなものになっていない。日本でも、非認知能力を伸ばす教育プログラムの開発が急がれるところだ。

非認知能力を高める目的で行われる教育プログラムは、将来の収入や学歴を高めるためだけになされているわけではない。ドイツで行われた研究では、向社会性(思いやり)を高める目的でなされた。向社会性は、人間の人格の中で特に重要な側面であり、たとえば環境問題が深刻化する現代のような社会では、自分の利益だけを追求していては、社会全体の利益が損なわれ、持続可能ではなくなってしまう。

しかし、自分の利益だけでなく、周囲や社会の利益を考えて行動しようと子供に教えることは存外難しい。

ドイツで行われた大規模な実験では、両親や祖父母のように子供と密接なかかわりをもつ大人の向社会性が高い場合には、子供自身も向社会性が高くなることを示している。

この分野で数多の優れた研究業績のあるヘックマン教授は、近著で、非認知能力について「それらは教えることができるものだ」(they can be taught)と述べている。子供は身近にいるロールモデルを観察し、模倣し、非認知能力を形成しているということを、私たち大人は忘れてはなるまい。

[注]
(*3) デミング教授の論文では、認知能力は、「数学などを利用する分析的な仕事が求められる度合い」として定義されている。

*本論考は2022年秋にダイヤモンド社より書籍刊行予定です。


中室牧子(Makiko Nakamuro)
1975年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。コロンビア大学でPh.D.(MPA)取得。日本銀行、慶應義塾大学総合政策学部准教授などを経て、現職。専門は教育経済学。著書に『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トウェンティワン)、『「原因と結果」の経済学』(共著、ダイヤモンド)などがある。東京財団政策研究所研究主幹、産業構造審議会、政府の諮問会議で有識者委員も務めている。


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