アステイオン

外交

「悪役」国家の語り口

2020年09月16日(水)
中村起一郎(都市出版「外交」編集長)

「周辺国とのゼロ・プロブレム」構想にみられるように、リベラルな地域秩序の構築をめざしていた与党・公正発展党(AKP)は、「アラブの春」の第一段階において、各国の民主化と新政権による安定的な統治体制の確立を後押しすることに積極的であった。しかし、シリア内戦長期化やISの台頭など、宗派主義や民族テロで地域が過激化・軍事化していく第二段階になると、トルコは自国の防衛を優先させざるを得ない状況となっていく。AKPは、国境を封鎖し交流を避ける孤立主義ではなく、流動的な周辺の状況に積極的に関与することで、地域秩序の変容に対応しようとした。その結果、2015年以降、シリアやイラクにおけるISおよびトルコ政府がテロ組織と認定する武装組織「クルド労働者党(PKK)」の脅威を除去することを目的に、越境軍事行動を積極的にしかけるようになり、同時にロシアやイランとの関係を重視する外交的連携のリバランスも進めていった。この間の展開は、地域の特殊事情への対応でありながら、パワーポリティクス的には標準的な行動であり、トルコ外交が一貫して自律性を追求しつつ、その内実が大きく変わったことを、門外漢にも分かりやすく伝えてくれる。

言及できなかった論考も含め、国や地域の複雑かつ流動的なありようをどのように捉えるか、刺激的な特集だと思う。さらに刺激的なのは、「まだら状の秩序」という捉え方だ。「秩序」といえば、社会を構成する要素がバランスよく結びついて、安定的に調和している状態を浮かべる。しかしそのあり方は一様ではなく、国内外、地域内外のアクター間の相互作用の中で変容し、きわめて多様かつ重層的である。それをある種の「秩序」として捉え直そうとする編者の直球の問題提起を、どのようにキャッチするか(あるいは打ち返すか)。編集者としては、今後の誌面で示すしかない。

中村 起一郎(なかむら きいちろう)
都市出版「外交」編集長


『アステイオン92』
 サントリー文化財団・アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス 発行

(※書影をクリックするとAmazonサイトにジャンプします)

PAGE TOP