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編集を生業にしていると、担当書籍が読者にどう受け入れられるか常に気にかかる。そこにはふたつの含意があり、著者の趣旨や想いを正しく、より効果的に読者に届けるための語彙、修辞、行論を提案・選択できているか、がその第一である。
もうひとつは商品設計である。書籍として多くの読者を獲得するためには、優れた内容だからといって手に取りやすさ、読みやすさを勘案しないわけにはいかない。かつて筆者は、スポーツ医学の専門家と共に、性別や世代ごとの動体視力や首を動かさず眼球(アイボール)の往復だけで無理なく文字を追える上下左右の距離を調べ、書籍の判型と読書のスタイル・シチュエーションごとに、眼精疲労を低減させるための版面を作り込んだことがあり、今もそのデータを元に書籍を設計している。
そんな筆者が100年後の日本に思いをめぐらして感じるのはアイボールの限界と書籍の未来への諦念である。世界をめぐる情報の流通量が飛躍的に増大していることは周知の通りだが、データサーバ、通信インフラ、各種デバイスの技術革新によってハードウェア側のボトルネック(速度低下要因)は急速に解消されつつある。未だ地域較差は残るものの、情報処理が追いつかずデバイスがスタックしたり、通信環境の不良によってトラフィックが遅延したりという事態は過去のことになりつつある。一般的ネットワーク回線のトラフィックは、人間の全感覚が受け取っている情報量にBPS(Bit per Second)で迫り、逆転する勢いである。
ここ30年の技術革新は驚くべきものだが、今後もそのスピードは加速することはあっても減速することはない。iPhoneや電子マネーが例証するように、近年の商品やサービスの開発は、具体的なニーズ以上に技術が可能にすることそのものに引きずられがちである。いま現在、必要性が顕在化していなくても、ひとたび商品化されれば世界はそれを取り込んで動き出す。
ハードウェア側で解消されたボトルネックは次第に人間の側に接近し、両者を仲介するソフトウェアはAIの発達と相まって否応なくそれを加速させる。次なるボトルネックが、人間が外界から取り入れる情報の80%以上を担うアイボールなどの感覚器官、そして情報を伝達する神経系になってくることは想像に難くない。増大し続けるデータを取り込むインターフェースとしてアイボールの性能は不十分であり、生物学上の制約を突破するにはネットワーク・無線を通じ、すでに人間の外皮まで到達している情報を、ダイレクトに脳に届けるインターフェースが必要になる。これは人類に物理的加速(馬、自動車、航空機)を越えた生理的加速をもたらす技術である。
vol.101
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