SUNTORY FOUNDATION
私がはじめてサントリー学芸賞受賞作を読んだのは、大笹吉雄氏の『日本現代演劇史』全8冊(白水社)でした。一冊一冊が分厚くて、重くて、読み通すのに2か月かかりました。卒業論文の資料のつもりが、あまりの面白さに夢中になって最後まで読むのを止められませんでした。サントリー学芸賞は、研究者だけでなく、作家や編集者の著作も対象で、その範囲の広さもさることながら、輪島裕介氏の『創られた「日本の心」神話』(光文社新書)が受賞したときは演歌も入るのかとその目利きにも感銘をうけました。今年度受賞者の溝井裕一氏も言及したように、独自であるがゆえにサントリー学芸賞が注目しなければ陽の目を浴びることがなかった研究も数多く存在するのではないでしょうか。
毎日出版文化賞や日経・経済図書文化賞など、優れた研究者や浩瀚な研究を顕彰する賞は数多く存在しますが、サントリー学芸賞が特異なのは、出版事業を運営母体としていないことです。ビジネスとは関係なく、良いものは良いと言い切る力強い態度が、効率や利益を重視する今の時代の日本で40年つむがれ続けてきたことは奇蹟のようです。
財団の副理事長であり哲学者の鷲田清一氏は、『サントリー学芸賞選評賞』*に寄せた「言論のアリーナを劈く」の中で、サントリー学芸賞はあくまで学芸賞である以上、受賞は終点ではなく始点であり、同時代の激動のなかで、「象牙の塔」の住人ではなく専門領域をこえて、「ともに考える言葉を駆使できる人にその栄誉を贈るものである」と述べています。
また、選考委員をつとめる文芸評論家の三浦雅士氏は、学術賞との違いを、「研究の対象のみならず、研究者自身の人間としての息遣いが分かるということが、学芸と学術を分ける分水嶺になっている。(中略)描かれた人間と描く人間の双方がくっきりとした姿で立ち現れていること、それが学芸賞の最大の要件なのではないか」と紹介しています。
優れた研究であるだけでなく、その著作を通じてそれを描く人間の姿がはっきりと読者に伝わる本。それは、その本が書かれるまではどこにも存在しなかった世界への扉であり、それぞれの専門領域における幾年にもわたる探究の果てに、ようやく獲得できた新しい知の地平でもあります。
vol.101
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