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日本

舞台をまわす、舞台がまわる──山崎正和オーラルヒストリー

2017年05月24日(水)
阿川尚之(同志社大学特別客員教授)

SUNTORY FOUNDATION

山崎正和さんのオーラルヒストリーは、今から約10年前、2006年3月から2007年12月まで12回にわたって実施された。サントリー文化財団の特別研究助成を受けた「日本政治・外交と文化人のかかわり研究プロジェクト」の第1号という位置づけであったが、プロジェクトの中心人物である御厨貴さんの表現を借りれば、山崎さんから話をたっぷり聴いて「腹一杯になってしまった」ので、他の文化人のオーラルは行わなかった。今回本書の上梓により、その内容が初めて公になった。

私は御厨さん、苅部直さん、牧原出さんと共に、山崎オーラルの聞き手をつとめ、本書の編者の一人として名を連ねているので、宣伝めくが、この本は読み物として実におもしろい。第一に、オーラルヒストリーという形態を取っているものの、これは山崎正和という一人の希有な知識人の立身出世の物語であり、冒険談である。

機知に富んだ若者が逆境に置かれながら、ふとした出会いから運をつかみ、努力を重ねて大成功を収める。わらしべ長者からベンジャミン・フランクリンに至るまで、サクセス・ストーリーのパターンは変わらない。山崎さんの冒険は、敗戦とともにあらゆる秩序が崩壊した満州で、病身の父に変わって家族を守りつつ生き延びるという、想像を絶する経験から始まる。かちかちに凍り付いた首つり死体が梁からぶら下がる教室で、なにごともなかったかのように小学生たちが勉強を続けるという光景は、凄惨を越えてシュールである。敗戦から3年、父の死後内地へ帰還して高校へ進んだ少年は、飢えてはいたものの目前の死から解放されて知の世界に耽溺する。共産党の細胞になり、京大で美学を学びながら、初めて書いた戯曲が認められ上演される。不思議な出会いに恵まれ、アメリカへ留学してオフブロードウエーで自分の戯曲公演にこぎつけながら、「成功の泥沼」を嫌って帰国。戯曲を書き続け、評論を書きはじめ、大学で教えているうちに、30代半ばで時の総理大臣に直接助言をするようになる。これが成功物語でなくて何であろう。

山崎さんはしかし、こうした信じられないような体験をただ語るだけではない。自らが置かれた状況、時代を、正確かつ冷静な口調で分析してみせる。新しい知の世代が活躍の機会を与えられた、戦後日本という貧しくて危ういけれど可能性に満ちた場を描く。知識人と政治の関係、時代の空気という現象、演劇の本質、社交という営みについて語り、思索の翼をさらに拡げ飛翔する山崎さんを目の当たりにして、我々は文字通り圧倒された。そうした分析を記録したこの本が、おもしろくないはずがない。

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