経済や政治に目を向けるこれまでの地域研究とは異なり、本書は地域の文化(活動)に目を向ける。冒頭の例に見たように、新しいタイプの「祭り」とそこに関わる人びとの生きる姿を描き出そうとする研究だといってよい。文化活動が雇用を生み出すとか、人の流入や定着を促すといった議論をするわけではない。それでも、経済や政治を中心とした議論や、人口動態といったマクロな趨勢の分析からは抜け落ちがちな、地元で生きることに熱気や感動を与えている「ポジティブな何か」を探り出そうとした。だからといって、そこからすぐに、楽しく明るい地方の未来像が描けるというわけではない。それでも、文化的な活動に関わる人びとの姿を通して、私たちは、地元に生きることが輝きや熱を帯びる、その力の源泉に迫ろうとした。人をつなぎ、夢中にさせる文化の力に、地域の未来を考える手かがりがあると考えたからである。
もちろん、文化活動の中身(コンテンツ)自体に人を引きつける魅力があることは言うまでもない。だが、本書で扱ったのは、いずれも「全国区」となった有名なイベントではない。古くから伝わる伝統的な神事や芸能でもない。人口規模の小さな市町村が続けている創作型のイベントが、にもかかわらず、なのか、それゆえに、なのか、30年近くにわたり人びとを魅了する地元の文化として根付いている。メガスケールになりきらない、だからこそ小さいながらも光を灯し続けているこれらの文化活動には、地域の未来を考えるうえで参照すべき数々の形あるエピソードが刻まれている。本書は、そのいくつものエピソードをひもとくことで、こうした文化活動が「地域社会」を基盤に行われていること、伝統的な祭りとは異なり新しい創作を加味したイベントであること、さらには、地域社会だけにとどまらない国際性を備えた特徴を併せ持つこと、などによって加味されるプラスアルファの力学??スモールスケールだが有力な「地元」の文化力に迫ろうとする試みである。
執筆陣を見ればわかるように、本書は多様な専門分野の第一線の研究者による共作=競作という形をとっている。しかもフィールド調査には(院生の狭間君を除き)全員が毎回参加した。通常の研究会とは異なり、調査の度に合宿で議論をするようなものである。それだけに密度の濃い、それゆえに学際性の増した議論ができたと思っている。
暗い将来予測だけでは見えてこない、地域の未来のつくりかた。そこへ至る多様な手がかりを読み取ってもらいたい。
苅谷 剛彦(かりや たけひこ)
オックスフォード大学社会学科および現代日本研究所教授
Uターンと地域文化研究会代表
vol.100
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