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2023年の秋、サントリー文化財団の依頼により、元同財団事務局の杉谷健治さんと二人で山崎正和先生の遺された蔵書の整理をお手伝いした。
手元に置かれていた多岐にわたる分野の約3000冊に目を通し、1冊ごとに先生が施された栞・付箋・傍線・書き込みなどを確認するという作業で、手間はかかったが貴重な体験であった。
蔵書のところどころに栞代わりに挟まれた種々雑多なものが、読まれた場所や状況を連想させてほほえましい。メモ用紙やチラシの切れ端からハガキ、喫茶店などのレシート、電車の切符、劇場・美術館のチケット、タバコの空き箱・マッチ箱まで実に多様である。
英・独・仏・伊の古い原書に目を通すと、それぞれ各国語の辞書を丹念に引きながら格闘されたであろう若い頃の姿が偲ばれて感銘を覚えた。
また、愛読された古今東西の文学作品には、随所に詳細な感想や批評の書き込みがあり、先生のナマの文芸論や作家観の一端がうかがえて興味深い。近代日本文学では森鴎外や夏目漱石の作品ばかりでなく、石川啄木や宮沢賢治の詩や童話も丁寧に読まれていて親しみを感じた。
専門書では、欧米や日本の哲学・美学・演劇関係の書籍が多いのはもちろんだが、政治・経済学から日本や世界の歴史、自然科学分野も幅広く読まれている。
専門的内容は門外漢の私には十分理解できないけれど、芸術分野を含めて言語・音楽・絵画・身体等による「表現」に関するコメントが印象深く、自由で創造的な「表現」の重視と洞察は、演技や社交の精神にもつながるものと感じた。
私が先生にお世話になったのは、1984年に私がサントリー文化財団事務局に赴任して以来のことである。
日常の業務についても財団役員の立場から、手取り足取り教えていただいたが、とりわけ財団主催の各種研究会・シンポジウム・選考委員会等の後の懇親会での山崎先生の存在感は大きく、知的サロンと社交の場として大変勉強になった。
先生が設定された「サントリー学芸賞」という事業は、若手研究者を顕彰・奨励するためのものであるが、ただすぐれた研究・評論に光を当てるだけでなく、社会への発信力をも重視し、学と芸(表現力)を備えた作者に贈る「学芸賞」という名称にしたとうかがった。
財団のもう一つの顕彰事業である「サントリー地域文化賞」も先生のアイデアから生まれたものである。
「地方の時代」「文化の時代」が標榜された1970年代の流れを汲んではいるが、中央(東京)目線の「地方文化賞」ではなく、地域が主役の「地域文化賞」としたことにも先生の深い思いが込められている。
もともと文化はそれぞれの地域がつくり育ててきたもので、これからはより文化の役割が大きくなり「地域が文化をつくる時代」から「文化が地域をつくる時代」になるというのが山崎先生の展望であった。
「学芸賞」「地域文化賞」とも、「賞の値打ちは受賞者で決まる」というのが先生の持論で、いずれの選考委員会にも顔を出されて、厳正な選考をフォローされていたことが印象深い。
vol.101
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