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音楽

中国に愛された坂本龍一の「ラストエンペラー」は中国音楽か日本音楽か

2024年02月21日(水)11時00分
榎本泰子(中央大学文学部教授)

中国音楽が嫌いだった坂本龍一

『ラストエンペラー』での成功のおかげで、坂本は中国音楽に通暁した人と思われているし、中国人の坂本に対する親しみもそれが一因になっている。

ところが坂本の自伝『音楽は自由にする』によれば、『ラストエンペラー』の作曲を依頼されるまで、坂本は「中国の音楽というものはあまり好きになれず、中国風の音楽は書いたことがないし、ほとんど聴いたことすらなかった」。

東京芸術大学在学中に小泉文夫の民族音楽学に傾倒し、世界の楽器の音色に触れてきた坂本であるが、ここまで断言するのはよほど相性が悪かったのだろうか。

ふと疑問に思うのは、それ以前にYMOとして作曲した「東風(Tong Poo)」のような楽曲は、坂本にとって「中国風」ではなかったのだろうか、ということだ。

実は坂本は別のところで、「東風」が中国の曲を「下敷きにして」作られたものであることを明かしている。中国の熱心なファンの間では元歌探しも行なわれ、ほぼ特定されている。

おそらく電子的にさまざまなアレンジを加える過程で、それが中国に由来したものであるとの意識は坂本から抜け落ちた。結果的に東洋的ではあるが、無国籍の音楽ができあがったのだろう。

作曲の裏話

『ラストエンペラー』の音楽を2週間という短い期間で作ることになった坂本は、「とりあえずレコード屋に走って、20巻ぐらいある中国音楽のアンソロジーを購入、丸一日かけて全部」聴いた。

それまであまり関心の持てなかった中国音楽を、まずは知ることから始め、次に「時代とシチュエーションを考慮して」使うべき楽器を選んだ。

当時東京には二胡の演奏家である姜建華や琵琶奏者の楊宝元が留学しており、坂本は彼らを招いてその場で弾いてもらいながら、各場面に曲をつけていった。

二人は日中国交正常化50周年にあたる2022年9月、駐上海日本総領事館で行なわれた記念イベントに出演し、坂本との思い出を披露している。

楊宝元は、坂本が「中国音楽の要素」を「選び」、「彼が最も得意とする電子音楽の和声の技術と融合させた」と語った。

実際には『ラストエンペラー』の音楽自体は「電子音楽」ではなく、西洋音楽の作曲技法に基づいたオーケストラ音楽である。しかし楊宝元がこのような言い方をしたのは、坂本が作った音楽が「中国音楽」とは思えなかったからだろう。この証言に接した時の私の感想は、「やはり」というものだった。

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