アステイオン

美術史

音楽を奏でる天使たちの棲む、標高850メートルの山間に立つフランスの聖堂を訪ねて

2023年11月29日(水)10時45分
勝谷祐子(ストラスブール大学芸術文明歴史学研究所客員研究員)

同時代に実際に使用された楽器を奏で、楽譜を手にし、時に口を開けて歌う姿を見せる 《奏楽天使》は、華やかな色使いと流麗な描線に加え、想起させるメロディーや音色から観る者を惹きつける。

絵画や彫刻を前にした個人の祈りの実践が重視された中世後期、表された世界に、観る者を強く誘い込む働きが注目され、《奏楽天使》は瞑想に有効なモチーフとして至る所に表現されるようになった。

壁画に関しては天井部一面を覆う装飾形態が14世紀から15世紀のヨーロッパで広がりを見せるとともに、他の図像との組み合わせからいくつものヴァリエーションを生み出してゆくことになる。

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ル・マンからサン=ボネ=ル=シャトーへと引き継がれ、のちに広がりを見せたこの壁画装飾の発生と展開を明らかにしようと、本礼拝堂の壁画を博士論文の研究テーマに定めた筆者は、渡仏した2011年の秋より、画家の足取りを追うようにフランス、スイス、ベルギー、イタリアとヨーロッパ各地での旅を繰り返し、聖堂に描かれた壁画の写真撮影を行ってきた。

積み重ねた現地調査と文献研究をもとにサン=ボネ=ル=シャトー壁画に見る図像と様式の分析を行い、画家の出自と修業の道のりを照らし出したものが、今年1月に刊行した自著 Les peintures murales de Saint-Bonnet-le-Château. Le programme dévotionnel et dynastique (fin du XIVe-début du XVe s.) 「サン=ボネ=ル=シャトー参事会聖堂壁画研究-信仰と政治のプログラム」となる (図3)。

《奏楽天使》

また、音楽学、考古学、修復の専門家の協力を得ながら、工学や古楽器制作を専門とする研究者とともにル・マンとサン=ボネ=ル=シャトーの天使が手にする楽器復元のプロジェクトに取り組んでおり、今日までにサン=ボネ=ル=シャトー壁画に表された楽器のうちハープ (図6) とクラヴィコードの制作を完了した (図7)。

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図6 サン=ボネ=ル=シャトー壁画に描かれたハープを制作中のオリヴィエ・フェロウとイブ・ダルシザス (フェロウ撮影)

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図7 サン=ボネ=ル=シャトー壁画に描かれたクラヴィコードと制作者のステファン・トレウ (トレウ撮影)

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