アステイオン

連載企画

「植物の土壌」研究者を訪ねた驚き──けいはんなで文系と理系を考える

2022年12月14日(水)08時10分
三谷宗一郎(甲南大学法学部准教授)


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国立国会図書館関西館 撮影:櫻井悟史

ところで訪問時に我々、文系研究者が驚いたのは、理系研究者全員が、これまで一度も国会図書館を利用したことがなかった、ということであった。本企画に参加した文系研究者は、全員、定性的な歴史研究を主たる手法としている。そのため、国会図書館を利用せずして、円滑に研究を遂行することはできない。

筆者も学部生のころから、ゼミの仲間と競うように東京本館に通い、汗水流して稼いだアルバイト代はあっという間に複写費に溶けて消えた。2012年に蔵書検索システムが整備されて以後、「国立国会図書館サーチ」の検索結果に表示される文献一覧には、全て目を通すことが習慣となっている。

他方、理系研究者が注意を向ける先は、手元の実験やその結果であり、世界中の研究成果が発表される国際ジャーナルである。したがって研究の過程で、国会図書館を利用する必要性に迫られることがない。理系研究者たちの入館登録が終わるまで、文系研究者の3名は、経年劣化してきた互いの登録利用者カードを眺めながら、文系と理系のささやかな違いを楽しんだ。

最後に、同地区にある国際高等研究所を訪問した。同研究所は、米国のプリンストン高等研究所やドイツのベルリン高等研究所などを参考にしながら、「人類の未来と幸福のために何を研究すべきかを研究する」ことを理念として設立された。けいはんな学研都市に点在する文化学術研究施設を有機的に連関させる上での中核的な役割を果たしている。

静謐な時間の流れる美しい庭園に臨む研究所で、一同は車座になり、さまざまな形での知の越境を体感し、驚きと発見に満ちた一日を振り返った。

むろん、本企画の主題たる「学問との再契約」にたどり着くことは容易ではなかった。文・理双方の研究者が互いの理解を深める対話を重ねるうちに、やがて、私たちの誰もが、日々の忙しさにかまけて、そもそも研究という行為そのものを見つめ直してこなかったことにも気付かされていった。

訪問を終えた後、筆者は仕事を片付けるため、電車で2時間かけて勤務先の甲南大学(兵庫県神戸市)に向かった。自らを相対化し、丁寧な思索に耽るためには、静かな時間を過ごすことが不可欠である。

日常生活に引き戻される中で、日頃の喧騒から物理的に距離をとることのできるけいはんな学研都市は、本企画を締めくくるにあたって、ふさわしい場であったと感じながら帰路についた。


三谷宗一郎(Soichiro Mitani)
1989年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。サントリー文化財団鳥井フェロー、医療経済研究機構研究員などを経て、2021年から現職。専門は行政学、政策過程論。主な著作に「医療保険政策をめぐるアイディアの継承と変容」『年報政治学』2016(2)、「時限法の実証分析」『年報政治学』2020(1)などがある。


※『アステイオン』97号に連載企画「超えるのではなく辿る、二つの文化」の第2回「解く理系に問う文系」が掲載されています。



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 『アステイオン』97号
 特集「ウクライナ戦争──世界の視点から」
  公益財団法人サントリー文化財団
  アステイオン編集委員会 編
  CCCメディアハウス

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