さる12月11日、チャップリンの四男ユージーンが来日し、『蝙蝠の安さん』を観劇した。チャップリンの大ファンである幸四郎丈が演じる「安さん」を、ユージーンは心底楽しんで観ていた。ユージーンは観劇後、西洋の映画から日本の伝統芸能へとスムーズに翻案されていたこと、まったく異なった表現形態にもかかわらずチャップリンの本質が失われていなかったこと、廻り舞台などを使った演出の巧みさなどについて賞賛し、幸四郎さんには「そこに父がいました」と最大限の賛辞を送った。
初演から88年の歳月を経て、喜劇王がその舞台を愛でた7代目松本幸四郎と初代中村吉右衛門の曾孫である当代幸四郎丈が安さんを演じ、それを喜劇王の息子が絶賛する―――これを奇蹟と呼ばずしてなんといえばいいのだろう。
『蝙蝠の安さん』を通して、日本の伝統芸能にまで翻案されるチャップリンの普遍性を思い知り、歌舞伎が本来持っているフットワークの軽さに驚く。翻って、現代に生きる私たちは、海外からの多様な文化に触れながらそれを私たちの血や肉にできているだろうか。時代を超えて愛され続けるチャップリンと歌舞伎が再会した瞬間を目の当たりにして、改めてグローバルな文化・社会とは何かを問われた気持ちにもなった。
大野 裕之(おおの ひろゆき)
日本チャップリン協会会長、脚本家
第37回(2015年度)サントリー学芸賞受賞
『チャップリンとヒトラー ――メディアとイメージの世界大戦』(岩波書店)
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