フランス人は原発をどう受け入れたのか

2011年4月24日(日)17時42分
ニューズウィーク日本版編集部

 福島第一原発の事故が起こってからずっと、消費電力の75%を国内58基の原発に頼っている、というフランスのことが気になっていた。なぜドイツやイタリアのように自国内の原発に反対する声が上がらないのだろう? 人口の大半が原発から半径300キロ以内に住むというフランス人は、いかにして原発を受け入れたのだろう?

 福島原発の事故が一向に収束に向かわないのを見て、最近ではフランスでも反原発のデモが広がっているらしい。それでもその勢いはドイツやイタリアの比ではない。先週、NHKのニュース番組「ワールドWaveモーニング」が紹介していた米ギャラップ社の世界47カ国の「原発賛成率」調査によれば、ドイツ、イタリアの原発賛成度は福島の事故前と事故後ではそれぞれ34%→26%、28%→24%に下がったのに対し、フランスは事故前が66%で今も58%だ。この賛成率を上回るのは、番組で紹介していた9カ国中では中国の70%だけ。ロシアでさえ、63%から52%に下がっている。

 フランス人はなぜ動じないのか。エネルギー政策の専門家に聞くと「フランスは核保有国だから」と、まず言われた。国家安全保障のための核利用、という点では核保有と原発推進は共通した覚悟ということか。被爆国で核アレルギーのある日本とは土台が違う。

 日本と共通する部分もある。そもそもフランスが原発を推進し始めたのは、1973年の石油危機で中東産油国に4倍も高い原油価格を吹っかけられてから。その後も、ロシアがウクライナ向けの天然ガス供給を停止した煽りを食うなど輸入エネルギーには痛い目に遭わされており、エネルギー安全保障の重要性が身に染みているという。石油も天然ガスもなく、石炭も枯渇した誇り高きフランスが独立を守るためには、原発しかないという判断だ。

 国の考えとしては理解できるが、一般国民はなぜそれを受け入れたのか。米PBS(公共テレビ放送網)のプロデューサー、ジョン・パルフレマンは最近、「フランス人はなぜ原子力が好きなのか」と題した記事のなかで、フランス産業省幹部が語ったその3つの理由を挙げている。


1)フランス人は独立精神が強い。エネルギーで外国に依存すること、とりわけ中東のように不安定な地域に依存することには我慢がならない。だから原子力を必要なのもとして受け入れた。

2)文化的に、フランス人は巨大ハイテクプロジェクトが好きだ。超音速旅客機コンコルドを作りたがったのと同じ理由で原発も好きである(とくに安全な原発への執念は強く、仏アレバ社の次世代型原子炉EPRには過剰と思えるほど何重もの安全対策が施され、9.11同時テロが起こると、航空機が突っ込んでも耐えられるよう改良した)。フランスでは科学者や技術者が敬われ、政府の要職にも理系出身者が多いという背景もある(アメリカでは弁護士がそれに当たる)。

3)フランス政府は原子力の利点とリスクを理解してもらうため必死の努力をした。原発見学ツアーには既に600万人のフランス人が参加している。

 もちろん、フランス人が事故や放射能を恐れないわけではない。だが国全体に占める原子力産業のシェアが大きいので、それだけ原発や関連企業で働いている家族や友人も多い。原発立地の負担だけでなく雇用などのメリットも理解されており、パルフレマンが取材したシヴォーの町の住民は誰もが、原発建設地に選ばれたことを喜び、誇りにしていたという。そのせいか、フランスの原発は日本のように隅に追いやられるのでなく全国にまんべんなく散っている。

 またフランス政府や業界は日本政府や電力業界のように「原発は安全」という神話に頼っていない。いざというときはすぐに遠くへ逃げる、ヨウ素剤を飲むなど、身を守る備えと国民教育をしてきたように見える。福島原発事故の直後に自国民に日本からの出国を勧告した時には過剰反応にも思えたが、今思えば、それも危機対応マニュアルに沿った行動だったのかもしれない。その後、東電がアレバ社に支援を要請しなければならなかったのも、事故を想定した備えがあったか否かの差が出たのではないか。

 いずれにせよフランス人は、既に抜き差しならないところまでどっぷり原発に依存してしまっている。本当に原発がいいと思って賛成しているのか、今更引き返せないから賛成だと思おうとしているのか、もはやそれを区別するのは難しい。良きにつけ悪しきにつけ、フランスは政府も業界も日本よりはるかに戦略的で策士だったのだと思う。

――編集部・千葉香代子

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