最新記事

中東

イスラムとの融和を求める危うさ

オバマ大統領のカイロ演説は中東で共感を得たが、特定の宗教との関係強化を目指す外交姿勢は間違っている

2009年6月8日(月)18時59分
デービッド・ラスコフ(カーネギー国際平和財団客員研究員)

新たな始まり アメリカとイスラム世界の関係修復を訴えたオバマ演説は中東で共感を得たが(イスラエル・テルアビブの電器店、6月4日) Gil Cohen Magen-Reuters

 イスラム世界で概ね好意的に受け止められたバラク・オバマ米大統領のカイロ演説(6月4日)は、宗教や人種に根ざしたアメリカの「アイデンティティー政治」をそのまま「アイデンティティー外交」に転用できるかという試みだった。

 国際関係は常に文化的・歴史的な共通性に訴える面がある。だが今回の演説が、これまでの米外交史でほとんど引き合いに出されたことのない「アメリカと宗教との関係」について触れたことに、私は不安を感じる。

 55分間の演説中、オバマは78回も「イスラム」や「ムスリム」といった語を用い、イスラムの文献や言語、宗教機関に言及した。演説の趣旨は、アメリカはイスラム世界との関係を見直す必要があるというものだった。

 アメリカといかなるグループとの関係強化にも反対はしないが、こうした外交姿勢には落とし穴がある。実際には存在しないものを存在すると仮定しているからだ。10億人以上の信者を抱える「イスラム世界」は、地理的、文化的、思想的、人種的に多様なグループを総称する、ほとんど意味のない言葉だ。

 さらに言えば、既に指摘されているように、オバマはアジアやアフリカ、アメリカにもイスラム教徒がいることを認めながらも、演説は主として中東のイスラム教徒に向けたものだった。無意識にアラブ人やペルシャ人以外のイスラム教徒を除いたというだけではない。問題の根源はイスラム教徒というより宗派や国籍、部族によって細分化された集団にあるのだと、私たちに思い起こさせた。

「イスラム世界」という概念はない

 つまり現実的な観点から見て、イスラム世界との関係を修復することは大して意味のある目標ではない。アメリカとオバマ政権への共感を得るという演説の目的は達成したかもしれないが、外交的見地から見れば、存在しないグループへの呼びかけに過ぎない。

 結局は政府同士の交渉が必要だし、中東諸国の政府が国民の声に耳を傾けるとは思えない。イラクやパキスタン、イランといった民主国家でも、宗派間の亀裂や原理主義勢力と穏健派との対立によって、オバマ政権を好意的に受け入れようとする民の声は消されてしまうだろう。

 アメリカで「アイデンティティー政治」が機能しているのは、キリスト教会やユダヤ教会が集票マシンになっているからだ。イスラム世界では、その効果を簡単には政治に適用できない。

 要するに私は、最も厳密に政教分離を信奉する一派なのだろう。アメリカでも中東でも、政治と宗教の間になれ合いの関係があるべきではない。それは外交でも同じだ。政治では政教分離が原則だし、外交では現実性や歴史感覚を問題とすべきだ。

 個人的な考えでは、アメリカはイスラム世界との関係修復を目指すべきではない。どんな宗教に対してもそうだ。アメリカ政府は宗教が絡んだ問題に目を向けず、すべての国に対して寛容と敬意をもって臨むべきだ。

Reprinted with permission from David J. Rothkopf's blog, 08/06/2009.
© 2009 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日鉄、ホワイトハウスが「不当な影響力」と米当局に書

ワールド

米議会、3月半ばまでのつなぎ予算案を可決 政府閉鎖

ワールド

焦点:「金のDNA」を解読、ブラジル当局が新技術で

ワールド

重複記事を削除します
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、何が起きているのか?...伝えておきたい2つのこと
  • 4
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 5
    映画界に「究極のシナモンロール男」現る...お疲れモ…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「汚い観光地」はどこ?
  • 7
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 8
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    「たったの10分間でもいい」ランニングをムリなく継続…
  • 1
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 7
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 8
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 9
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中