コラム

窮地のクオモNY州知事、高齢者施設に患者を戻した判断が生んだ「3つの誤算」

2021年02月16日(火)15時00分

ですが、知事の判断では結果的に3つの誤算を生じてしまいました。

1つ目は、感染者や重症者の数は、知事が覚悟した「最悪のシナリオ」を下回ったということです。

2つ目は、知事が奔走して確保した臨時の病床や病院船は、コロナ治療だけでなくコロナ外治療にも対応するキャパシティーを確保して、いわゆる医療崩壊を食い止める計画でした。ですが、3月から5月にかけての時期、NY市民のほとんどは新型コロナの院内感染を恐れてコロナ外の診療には来ませんでした。その結果として、病床は大幅に余ったのです。

3つ目は、入所者を戻した施設では、特にPPE(マスクや防護服など)の不足によって大規模な感染爆発を起こしていったということです。知事が報告していた施設での死者8500名というのは、この数字です。

つまり、1つ目と2つ目の見込み違いによって、本来であれば病院で治療を受けるべき入所者を施設に戻したために、3つ目の誤算が重なって最大8500人が死亡した――その全てではないにしても相当な部分は病院で治療を受けていれば救命ができたかもしれない、少なくとも遺族にはそうした思いが残る、というのが問題の本質です。

トランプ政権から受けた脅迫

ですが、当時のトランプ政権は、それではストーリーが複雑に過ぎて有権者には伝わらないと考えたのか、クオモ知事を批判する際に「ニューヨーク州では高齢者施設入所者の中での死亡者が多い」というキャンペーンを張ったのでした。その上で、司法省は刑事立件するなどと迫ったこともあるようです。

これに対して、クオモ知事の側は本来なら1万5000であるべき数字のうち「病院で治療を受けたが亡くなった6500名」は「後で報告する」ことにして、8500だけを「施設入居者の死亡者数」としていたわけです。ここ数日の動きの中で、知事側近や知事が認めたのはこの点でした。

当時(昨年秋の時点)のトランプ政権は、民主党のクオモ州政を批判して、予算カットやワクチン供給ストップなど、あらゆる脅迫をしていたのは事実です。知事による、この攻撃から州政を守るために数字の出し方を「工夫」したという主張に関しては、批判はされて当然とはいえ、一部同情すべき点はあるように思います。総数を改ざんしていたのではないからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

今後も見通し実現なら利上げ、ペースや時期は経済・物

ビジネス

アステラス、承認申請取り下げなどで減損1760億円

ビジネス

三菱UFJ銀、普通預金金利を0.2%に引き上げ 日

ビジネス

LGエナジー、EV需要鈍化で設備投資削減へ 第4四
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 3
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ人の過半数はUSスチール問題を「全く知らない」
  • 4
    いま金の価格が上がり続ける不思議
  • 5
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 6
    「後継者誕生?」バロン・トランプ氏、父の就任式で…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    欧州だけでも「十分足りる」...トランプがウクライナ…
  • 9
    電気ショックの餌食に...作戦拒否のロシア兵をテーザ…
  • 10
    【トランプ2.0】「少数の金持ちによる少数の金持ちの…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 4
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 9
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 10
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story