コラム

EVと太陽電池に「過剰生産能力」はあるのか?

2024年05月29日(水)10時14分

5月の重慶モーターショーに展示されたオフロードEV「東風・猛士917」。米バイデン政権は中国のEV「過剰生産」に対抗して関税を4倍にした RenYong / SOPA Images via Reuters Connect

<あるとしたら、どこにあるのか?>

アメリカのバイデン政権は5月14日に中国製の電気自動車(EV)に対する制裁関税を現行の25%から100%に、太陽電池に対する制裁関税も25%から50%に引き上げると発表した。4月にアメリカのイエレン財務長官が訪中した際にもEV、太陽電池、二次電池において中国が過剰な生産能力を形成し、安い製品を輸出して外国を圧迫していると批判していた。今回の制裁関税の引き上げはそうしたアメリカ側の不満を背景とするものである。

■需要は急成長

たしかに、中国のEVの工場稼働率は5割程度とされ(『日本経済新聞』2024年4月28日)、太陽電池に関しては、中国の生産能力はセルの段階で844GWであったのに対して、2023年の世界での太陽光発電設備の新設は407~446GWと推計されており(注1)、中国は一国で世界の需要の2倍ほどの生産能力を抱えていることになる。

【動画】EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

しかし、EVも太陽電池も需要が急成長していることを忘れてはならない。世界のEV販売台数は2021年から2023年の間、年率67%という猛烈な勢いで拡大し、2023年には1381万台になった(注2)。

国際エネルギー機関(IEA)の最近のレポート(注3)の予測では、世界のEV販売台数は現状の政策をもとにしたシナリオだと2030年に4500万台、温室効果ガス排出ゼロを目指すシナリオだと2030年に7000万台としている。つまり、2030年には、2023年の販売実績から控えめに見ても3.3倍、強気の見通しでは5倍も販売規模が拡大すると見積もられている。であるならば、仮にいま販売台数の2倍の生産能力があるのだとしても、生産能力の増強をしなければすぐに生産能力が不足することになる。

太陽光発電設備の新設も2021年は174GWだったのが、2022年は236GW、2023年は407~446GWと急増している。太陽光発電は風力発電とともに地球温暖化対策の切り札であるため、その需要は当然これからも急増していくはずである。その新設の規模は2030年には880GW(BloombergNEF予測)とも1000GW(Longi Solar予測)とも見込まれている。つまり、太陽電池の新規需要も7年のうちに2倍以上になる可能性があり、もしそうなれば中国の現状の生産能力では過剰どころか若干不足ということになる。

とりわけ欧米と日本は2050年には温室効果ガス排出を実質ゼロにすることを公約している。その目標を実現するためには太陽光発電などの再生可能エネルギーを主力電源にしなければならないし、火力発電所は全廃しなければならない。2050年の欧米と日本の道路上には当然ガソリンや軽油を燃やして走る自動車は一台も走っていないはずである。中国のEVと太陽電池の生産能力が過剰だと言い募って、投資をやめさせることがこの目標の実現に寄与するとはとうてい思えない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

西武鉄道が運賃改定申請、初乗り10円程度値上げ 2

ビジネス

連合の春闘賃上げ率5.46%、芳野会長「新たなステ

ワールド

石破首相、商品券配布で陳謝「多くの皆様の不信と怒り

ビジネス

台湾鴻海、第4四半期利益は13%減 予想下回る
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
2025年3月18日号(3/11発売)

3Dマッピング、レーダー探査......新しい技術が人類の深部を見せてくれる時代が来た

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 2
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ世代の採用を見送る会社が続出する理由
  • 3
    【クイズ】世界で1番「石油」の消費量が多い国はどこ?
  • 4
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 5
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 6
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 7
    SF映画みたいだけど「大迷惑」...スペースXの宇宙船…
  • 8
    「紀元60年頃の夫婦の暮らし」すらありありと...最新…
  • 9
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎…
  • 10
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 3
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 4
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 5
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 8
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 9
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 10
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story