コラム

「石破首相」を生んだ自民党総裁選のダイナミズムと、「小泉失速」を招いた稚拙な広報戦略

2024年09月28日(土)18時26分
石破

広報戦略の差も石破新総裁を生んだ一因 Hiro KomaeーPoolーREUTERS

<派閥の再編期の只中にある自民党の総裁選挙で、派閥単位の票読みが通用しないのは予想通りだったが、これほどのダイナミズムは想定外だった。そして、その勝負を分けた要因の一つは陣営の広報力だった>

9月27日の自民党総裁選で石破茂元幹事長が勝利した。選挙戦で可能な限り幅広い支持を得るべく、積極的かつ具体的というより、あえて総論的かつ抽象的な政策の主張にとどめるという、いわば「専守防衛」に徹した選挙戦略が奏功したと言え、さすが安全保障のプロたるところを見せつけた形だ。

それにしてもこれほど注目された総裁選は久しぶりであろう。9人の候補者が乱立し、党本部あるいは記者クラブ主催の討論会の様子はメディアによって詳細に報じられた。「刷新感」、「疑似政権交代感」が国民の間にひろく共有されたかはともかく、自民党としてのメディアジャックは狙い通りになったと言える。

1回目の投票では、石破候補の154票(議員票46票+地方票108票)に対して、高市早苗経済安保相が議員票72票+地方票109票あわせて181票もの票を獲得、選挙戦の後半から顕著だった驚異的な「勢い」を見せつけた。このまま決選投票でも勝利し、(本人はことさらに強調してこなかったが)憲政史上「初の女性首相」が誕生するかとも思わせた。

しかし決選投票では、高市候補の194票(議員票173票+地方票21票)に対して、石破候補が議員票189票+地方票26票の215票を獲得、逆転勝利で新総裁の座を掴んだのだ。

自民党内で唯一従来からの派閥(志公会)を率いる麻生太郎副総裁は前日、高市支持を派閥の一部議員に指示したと報じられた。その真偽の程は明らかではないが、そうした報道を受けて「高市総裁実現」がいっそうの現実味を帯びて共有されるようになり、その「反作用」が、土壇場での議員の投票行動に一定の影響を与えたとも考えられる。

小泉進次郎元環境相は、1回目投票で議員票の最多となる75票を得たものの地方票が61票にとどまり(計136票)、決選投票に残ることが出来なかった。行き場を失った小泉支持の議員票が決選投票で石破候補に投じられるとともに、経済政策等の継承で石破候補に期する反面、外交政策等で高市候補に懸念を抱いていたとされる岸田文雄首相が「高市以外」を指示し、決選投票で一定程度の旧宏池会票が石破候補に投ぜられたことが大きいだろう。

「派閥の再編期」の只中にある自民党で、従来からの派閥単位の票読みが通用しないのは予想通りだが、これほどのダイナミズムが総裁選を動かしたのは想定を超えると言える。その分析はこれからの日本政治を読み解く上で重要な作業になるが、ここでは「広報」がいかに作用したかに注目したい。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

100歳で死去のカーター氏、平和と民主主義に尽力と

ワールド

カーター元米大統領、1月9日に国葬 バイデン氏が弔

ビジネス

米国株式市場序盤=ダウ一時677ドル安、国債利回り

ワールド

独政府、マスク氏の極右政党支持を非難 「選挙介入に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も助けず携帯で撮影した」事件がえぐり出すNYの恥部
  • 2
    JO1やINIが所属するLAPONEの崔社長「日本の音楽の強みは『個性』。そこを僕らも大切にしたい」
  • 3
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千年稼働」の世界
  • 4
    キャサリン妃の「結婚前からの大変身」が話題に...「…
  • 5
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 6
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 7
    「弾薬庫で火災と爆発」ロシア最大の軍事演習場を複…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    スターバックスのレシートが示す現実...たった3年で…
  • 10
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3個分の軍艦島での「荒くれた心身を癒す」スナックに遊郭も
  • 4
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 5
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 6
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ヨルダン皇太子一家の「グリーティングカード流出」…
  • 9
    なぜ「大腸がん」が若年層で増加しているのか...「健…
  • 10
    わが子の亡骸を17日間離さなかったシャチに新しい赤…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story