コラム

北京冬季オリンピックは中国の集団虐殺を隠蔽する祭典に

2021年02月17日(水)17時30分

22年の北京冬季オリンピックまで1年を切ったが…… VCG/GETTY IMAGES

<民族弾圧を続ける「犯罪国家」が五輪を開催することに抗議の声が広まっている>

2月4日、東京都内の日本外国特派員協会で日本在住のモンゴル人とウイグル人の代表による記者会見が行われた。小規模ではあったが、2022年の北京冬季オリンピックのボイコットを呼び掛けた声明は瞬時に世界を駆け巡った。

今夏にオリンピック開催予定の日本が武漢発・新型コロナウイルスの猖獗(しょうけつ)に苦しむのを横目に、中国政府は着々と自国での2度目のオリンピック開催に向け準備を進めている。しかしボイコットの訴えは、中国にオリンピック開催の正統性を付与してもいいのかという問題を改めて世界に突き付けた。中国の異質性があまりにも目立ってきたからで、対内的にも対外的にも中国の政治手法が国際社会から理解されるか疑わしくなっている。

08年に夏季オリンピックを開催した際も、同様の問題はあった。チベット人弾圧の実態が暴露され、聖火リレー中に世界各国から抗議の声が上がった。

中国政府は、急に好転できなくても人権問題は緩やかに解決するとして国際社会に協調する姿勢を見せていた。人権よりも経済的利益を優先する国際社会もまた、そうした中国を許した。

しかし、実態は中国政府の主張と違っていた。オリンピック開催中に中国の内モンゴル自治区に滞在していた筆者は、ほぼ毎日のように弾圧の現実に出くわした。ウイグル人とチベット人は都市部から追放され、一夜の宿を探すのも困難だった。

筆者の知人で、国際的に尊敬される著名なモンゴル人学者と親戚の少女2人は、チベット語の名前を有していたが故に北京市内のホテルと病院からそれぞれ追い出された。学者は友人宅に投宿し、少女は症状が悪化して亡くなった。チベット仏教を信仰するモンゴル人がチベット語の名前を持つだけでチベット人と見なされた。そもそも、チベット人というだけでテロリストと断定すること自体が差別と偏見ではなかろうか。

それから12年の光陰が過ぎたが、状況はますます悪化した。国際社会が直面している中国は、対内的にも対外的にも犯罪国家に近い存在だ。国内でイスラム教徒のウイグル人を100万人単位で強制収容施設に閉じ込め、男を強制労働に駆り立て、女性には不妊手術を施し、性犯罪が横行している。その結果ウイグル人の人口は明らかに減少しており、アメリカはジェノサイド(集団虐殺)と認定した。

また、民族問題が終息したかのように見えていた内モンゴル自治区ではモンゴル語による教育を廃止。どの民族も母語を用いた教育の権利を有すると規定した、国連の精神に違反する政策を傍若無人に強行している。イギリスから返還された香港では市民と学生らを弾圧し、定着してきた民主主義を完全に否定して本土との一体化を実現させた。返還から50年間は高度の自治を認めると国際社会と交わした約束も実質的意味のない「歴史的文書」だと破り捨てた。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

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