南米街角クラブ
プライド月間!25年続くサンパウロのLGBT+パレード
6月19日、日曜日。
ブラジルも冬に近付き、南東部は思った以上に肌寒くなる。
この日、大都市サンパウロらしい「灰色の空」の下、世界的にも有名なLGBT+イベントである第26回LGBT+プライドパレード(旧名ゲイパレード)が開催された。
新型コロナウイルスの影響で、2020年と2021年はオンライン開催。
2年ぶりのパレードに、ブラジル全国から参加者が訪れた。
ブラジル全国と簡単に言ったが、面積は日本の22.5倍。
北東部ベレンからパレードに参加する人は、日本からグアムへ行くのとほぼ同じ飛行時間というわけだ。時間、費用を考慮しても参加する人々の気持ちは生半可なものではない。
更にはブラジル国内だけではない。
リオのカーニバルに次いで海外から観光客が訪れるイベントと言われており、2006年には世界最大のLGBT+パレードとしてギネス記録を残している。
|25年前、ゲイパレードは誕生した
今でこそ、世界中で「多様性」という言葉が注目されているが、ブラジルのLGBT+パワーがここまで拡大するのには30年近くかかっている。
それ以前はキリスト教の影響もあり、同性愛者であることは恥ずかしいこととされ、自分の本当の姿を見せられないまま亡くなる人も多かったそうだ。同性愛者という理由でその才能を認められなかった人も沢山いる。
そんな中、同じ境遇の仲間たちが口伝えで同性愛者コミュニティを広げていく。
「自分らしく暮らしたい」
「ゲイにも市民権を」
「多様性を認めてほしい」
それぞれが希望を抱きながら、まずは100人から200人程度のデモを始め、少しずつ参加者と協力者を増やしていった。
そして、1997年6月28日にブラジルで最も大規模なデモが行われるパウリスタ大通りでゲイパレードが初開催された。この日程は1969年にニューヨークのゲイバーで起こったストーンウォールの反乱を風化させないために選ばれた。
記念すべき第一回目のパレードでは「私たちは沢山存在し、様々な職業に就いている」と、同性愛者も異性愛者と何も変わりなく生活しているというスローガンが掲げられた。
ある主催者の母親は、彼らのシンボルである大きな虹色の旗を手縫いして贈呈。
その旗を大きく広げ、2000人近くがパレードに参加した。
翌年のパレードで参加者は8000人に膨れ上がった。
そのあとも毎年4倍ペースで参加者を伸ばし、今年は推定300万人と報道されている。
パレードは有名アーティストやLGBT+界のシンボルである著名人が、トリオ・エレートリコと呼ばれる巨大スピーカーを積んだ山車に乗ってパフォーマンスを行う。
現在はサンパウロ市や企業がスポンサーとなり、パレードも随分と豪華になった。
デモから始まったパレードは、今では商業的にも重要なイベントとなり、その活気と迫力もあって性的少数者でない人たちの参加も増えている。
また、サンパウロ以外の地方都市でもパレードが開催されるようになった。
*日本では未だにゲイパレードと紹介されることがあるが、2008年にLGBT+プライドパレードと名前を変更されている
|2年ぶり開催!パレードのスローガンは?
今年4月にカーニバルが開催され、マスクの着用義務解除された頃から第4波も懸念されたが(私はこの時に感染したけど)、今のところエンデミックに突入しようとしているブラジル。
2年ぶりのLGBT+パレードはマスクの着用義務なく開催された(恒例である参加者同士のキスはためらう人が多かったそう)。
今年のパレードのスローガンは「誇りをもって投票しよう」。
これは10月に迫った大統領選挙の投票呼びかけでありながら、同性愛嫌悪と捉えられる発言を繰り返してきた現ボウソナロ大統領の再選を防ごうとするメッセージでもある。
実際、パレード中には何度も反ボウソナロコールが起こり、「Fola Bolsonaro!(出ていけ、ボウソナロ!)」と書かれた虹色の旗が多数掲げられていた。
|右派、左派にわかれるブラジルの音楽界
表面上、パレードでは「投票」というキーワードを連呼しながらも、そこに隠されたメッセージには誰もが気付いていただろう。
例えば、パレード最後の山車に乗るメインアーティストのパブロ・ヴィタールは、今回の大統領選でボウソナロと一騎打ちになるだろう労働者党(左派)ルーラの支持者としても有名だ。
パブロは海外の有名フェスティバルに出演経験もある実力派のドラァグクイーン。その影響力は非常に強い。
彼女を乗せた山車が通ると観客は絶頂の盛り上がりを見せた。
しかしパレード中、何者かがパブロの顔を目掛けて物をなげつけた。
一瞬の出来事だったが、何事もなかったかのように歌い続けた彼女のプロ精神は見事だった。
今年のパレードとパブロの山車の様子
その日、インターネット上で「ファンなら絶対にあんなことはしない」と話題になった。パブロの成功が気に入らない人物の仕業であることは間違いないが、ホモフォビア(同性愛嫌悪)以上に、政治的な理由もあるのかもしれない。
近年、ブラジル音楽界のジャンルや派閥ごとの政治的思考が極端になっているように感じる。
ブラジルポップス(MPB)黄金期とも言われる60年代から70年代の国産の楽曲が、軍事政権に対するプロテスト的な意味合いが強かったという流れを汲んでいるが、最近は音楽フェスティバル自体が政治的なデモのようになってしまうことすらある。
先月は音楽業界にこんなスキャンダルがあった。
ブラジルで最も人気のあるセルタネージョ歌手が、地方の小さな町で開催された行政イベントに出演。
役所から巨額の報酬を受け取り、それが町の健康医療と教育費予算から支払われていたことがリークされると、ボウソナロの家族は歌手を擁護する発言をした。
ボウソナロ派として有名なこの歌手のファンは、もちろんボウソナロ派が多い。
もし今回の大統領選でボウソナロが再選しなければ、現在のセルタネージョ界の勢いも衰えるのではないかと筆者は予測している。
|誰も取り残されることのない国を目指して
このように、政治と音楽、LGBT+運動はブラジルにおいて非常に深い関係がある。
争いなく単純に音楽を楽しみたいと考える人もいるが、皮肉にも反軍事政権運動が素晴らしいブラジルのポピュラー音楽が生んだように、今後もこういった傾向は断ち切れないだろう。
前回紹介したヒップホップもそうだが、ブラジル音楽や芸術の多くが社会問題と闘っている。
ただし、多様性を認めるという点では、他の国よりも先を行っているだろう。
これはブラジルが多民族国家ということもあるが、元植民地であり、奴隷たちが国を支えていたブラジルでは、自分たちの人権は自分たちで守るという経験があるからと考えられる。
政治の話や、時にはデモにも積極的に参加する。LGBT+運動もそのうちのひとつだ。
地方には今でも同性愛嫌悪が残っているのは確かだが、都市部ではゲイやレズビアンのカップルが楽しそうに手を繋ぎ、堂々と歩いている。
同性愛者である筆者の友人たちも、プライドをもって生きている。
多くが友人や家族にカミングアウト済みで、そのうち殆どが良好な関係を気付いている。
世の中にはいろんな人がいて良い。
ブラジルは、そんなことを伝えてくれる国だと思う。
【今日の1曲】
同性愛者であることが故にプロデューサーたちに評価されなかったジョニー・アルフ。
実はボサノヴァのアーティストたちは彼の音楽に絶大な影響を受けている。もしあの時代に彼が正当に評価されていたら、ボサノヴァの歴史も変わっていたかもしれない。
著者プロフィール
- 島田愛加
音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。
Webサイト:https://lit.link/aikashimada
Twitter: @aika_shimada