コラム

30年以上の時を経ていま明かされる、ディストピアSF『侍女の物語』の謎

2019年10月24日(木)16時40分

先月ロンドンで開催された続編の刊行イベントに出席した著者マーガレット・アトウッド Dylan Martinez-REUTERS

<トランプ政権の誕生を受けて2017年のベストセラーになった『侍女の物語』の続編には、独裁国家の何が描かれたか>

トランプが大統領に就任した2017年1月から1カ月も経たない同年2月、1985年に出版された古い小説がアメリカでベストセラーになり、一年を通じてベストセラーを続け、アマゾンで2017年に「最も読まれた本」になった。

それは、マーガレット・アトウッドの『The Handmaid's Tale』(邦訳版タイトル『侍女の物語』だ。現代クラシックと呼ぶにふさわしいこの小説が一般の人にも知られるようになったのには、Huluでのドラマ化も影響している。

The Handmaid's Taleの舞台は、キリスト教原理主義のクーデターで独裁政権になった未来のアメリカだ。白人至上主義で、徹底した男尊女卑の社会である。国民は男女とも厳しい規則で縛られ、常に監視されている。環境汚染などで女性の出産率が激減し、子供が産める女性は貴重な道具として扱われる。

(クーデターの以前から)不倫や堕胎をした女性は罪人であり、出産可能だとみなされたら子供を生むための「Handmaid(侍女)」として(妻は別に持っている)司令官にあてがわれる。Handmaidは所有物なので固有の名前を持つことは許されず、「of」に司令官の名前をつけたもので呼ばれる。

中絶禁止を違憲として人工妊娠中絶を認めるようになった1973年のアメリカ連邦最高裁の「ロー判決(ロー対ウエイド事件)」を知らないアメリカの若者にとってこれまで「ありえない架空の世界」だった。

だが、トランプ大統領は就任後すぐに海外で人工妊娠中絶を支援する非政府組織(NGO)に対する連邦政府の資金援助を禁止する大統領令に署名した。そして2018年、トランプは性的暴行疑惑があるブレット・カバノーを最高裁の判事に任命した。最高裁判所が5対4で保守に傾くことで、ロー判決が覆される可能が生まれている。

あり得ないSF小説に現実が近づく

生殖に関する女性の選ぶ権利が実際に脅かされている現在のアメリカでは、The Handmaid's Taleは決して「ありえない架空のディストピア」ではなくなっている。

そんななか、マーガレット・アトウッドがThe Handmaid's Taleの続編である『The Testaments』を出版した。ブッカー賞の審査官ですら出版日までは全編を読むことを許されていないほどの秘密主義だったようだが、アマゾンが発売日より前に一部のカスタマーに「ミス」で郵送してしまうというスキャンダルもあった。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story