コラム

男女の力関係が逆転したら世界はどうなるのか?

2018年03月07日(水)18時40分

『The Power』のストーリーでは女性が肉体的な特殊能力を持つ chombosan/iStock.

<突然変異で女性が特殊な肉体的パワーを持ち、男女の力関係が逆転した未来で男性を待ち受ける残酷な運命とは>

2017年は、これまでセクハラや性暴力に耐えてきた被害者が「私もだ」と手をつないで立ち上がり、権力を持っていた加害者を追及する「#MeToo」ムーブメントが盛り上がった年だった。時を同じくして、この#MeTooムーブメントを反映するようなディストピア小説が英語圏でベストセラーになった。ニューヨーク・タイムズ紙をはじめ多くのメディアが「2017年の最優良小説10作」のひとつに選んだ『The Power』は、男女の力関係が反転し、女性が男性を力で圧倒的に支配する社会を描いている。

この小説は、未来の世界から過去を振り返る「歴史小説」のスタイルを取っている。

かつて世界は男性が支配していたが、ある時から女性が突然変異で特殊なパワーを持ち始めた。鎖骨部分に「skein」という筋肉のような臓器が発達し、そこから発電して相手を感電させることができるようになったのだ。

この能力を持つのは、はじめのうち数人の特別な少女たちだけだった。しかし、数が増え、パワーを鍛える方法が編み出され、女性が力で男性社会を覆すようになっていった。この小説では、数人の登場人物がこの変移を綴る。

世界最大のskeinのパワーを持つ少女ロキシーはイギリスのギャングのボスの娘で、目の前で殺された母の復讐をする。アメリカの地方の女性市長マーゴットは、不安定な娘のパワーを案じつつも政界で権力を広げていく。黒人ハーフの少女アリーは、自分に性的虐待を与えてきた里親をパワーで殺した後、イブと名前を変えて宗教的指導者になる。

中心人物のなかで唯一の男性はナイジェリア人のトゥンデだ。男性が支配する社会に反逆を始めた女性たちに寄り添う報道を初期に行ったトゥンデは、ほかの男性が入り込めない場所で女性に守られてルポを行うことができ、一躍有名ジャーナリストになった。

だが、世界中で男性と女性のパワーが入れ替わるにつれ、命の危険を覚える体験をするようになる......。

著者のナオミ・オーダーマンは、ニューヨーク・タイムズ紙の「あなたの小説は復讐ファンタジー的なところがあるが、#MeTooムーブメントの到来を予期していたのか?」といった内容の質問に対し、次のように答えている。


それが起こることを予期していたというよりも、私自身がたぶんムーブメントの一端だと思う。(実際に起こったことの)ニュースが、奇妙なかたちでこの小説の内容に追いついてきた感じだ。どちらも、私にとっては、過去十年にわたって可視化されてきたある種の女性嫌悪(ミソジニー)に対する怒りの高まりの一部だと感じる。

私がティーンエイジャーだった1990年代、「フェミニズム運動はすでに勝利した」というのが若い女性の間で常識のように思われてた。そうでなかったことは、今となっては恐ろしいほど明らかだ。その気づきの大きな原因はインターネットだと思う。どれほど女を憎んでいて、どれほど女をレイプしたくて、どれほど女を征服したいのかを書き込んでいる男性たちのフォーラム(掲示板)を読むことができる。彼らの不満の数々も読める。

私が反応したのは、#MeTooが反応したのと同じことではないかと思う。(これまで隠されていた)多くのことが現在は見えるようになったが、それに対して私たちは対応する必要がある。

小説「The Power」は、何百年にもわたって女性がためこんできた男性社会の残酷さや男性の女性嫌悪に対する怒りを直接伝える小説ともいえる。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国、外資優遇の対象拡大 先進製造業やハイテクなど

ワールド

リビア軍参謀総長ら搭乗機、墜落前に緊急着陸要請 8

ビジネス

台湾中銀、取引序盤の米ドル売り制限をさらに緩和=ト

ビジネス

政府、25・26年度の成長率見通し上方修正 政策効
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story