コラム

アメリカ政治を裏で操るコーク兄弟の「ダークマネー」

2016年05月23日(月)16時20分

<今年の大統領選はトランプが共和党の筆頭候補になるなど予想外の展開で進んでいる。既存の支配階層「エスタブリッシュメント」への有権者の強い反発が広がっているためだ。実はこうした現象の裏には、アメリカ政治をコントロールする保守系資本の策略があった>

 2016年の大統領予備選では、政治評論家やジャーナリストがまったく予期しなかったことが起きている。テレビのリアリティ番組で有名になったビジネスマンのドナルド・トランプと、社会活動家の歴史が長く、無所属で知名度がほとんどなかった左寄りリベラルの上院議員バーニー・サンダースが熱狂的な支持を得ている。

 以前、別のメディアでも書いたが、この現象の背後には、「収入格差」というアメリカの社会問題がある。現在のアメリカでは、上位0.1%に属する少数の金持ちが持つ富は、下方90%が持つ富の合計と等しい。そして、70年代にはアメリカの過半数だった「中産階級」が消えつつある。

 これに加えて、トランプ人気の陰には、かつてアメリカの中心的存在だった白人中産階級の鬱憤がある。また、トランプとサンダースの支持者に共通するのが、政府や議会、マスメディアといった「エスタブリッシュメント」への強い不信感と反感だ。

 これらの現象は、すべてが自然に発生したものではない。少なくとも、収入格差やエスタブリッシュメントへの不信感については、それを煽った犯人がいる。

 その犯人を紹介する前に、2016年のフォーブス誌の世界長者番付のトップ10を見てみよう。

 1位のビル・ゲイツから、ウォーレン・バフェット、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグ、ラリー・エリソン、マイケル・ブルームバーグ、と馴染みある顔が並んでいる。だが9位に入っているチャールズ・コークとデイビット・コークの名前は、日本ではあまり知られていない。

 彼らは、石油、天然ガスなどのエネルギー、肥料、穀物、化学物質などを広く手掛ける「コーク・インダストリーズ」のCEOと副社長だ。この会社は上場しておらず、4人の兄弟が株の大部分を所有している。けれども、兄弟間の確執の結果、実質的に会社を動かしているのはチャールズとデイビットだ。2人の資産を合わせると、1位のビル・ゲイツの資産750億ドルを超える約800億ドルにもなる。

 アメリカの政治に少しでも興味がある人なら、「コーク兄弟(Koch Brothers)」の名前は、共和党の最も気前が良い政治資金提供者として耳にしているはずだ。

 だが、コーク兄弟がやってきたことは、金を使ってひいきの候補を当選させるだけではない。彼らは、アメリカ社会を根本的に変えるプランを立て、一般人が見えない場所で、何十年にもわたって根気よく実行に移してきたのである。

 ニューヨーカー誌のベテランライターであるジェーン・メイヤー(Jane Mayer)が書いた『Dark Money: The Hidden History of the Billionaires Behind the Rise of the Radical Right』を読むと、現在アメリカの最大の問題である収入格差や、政治家への国民の不信感の陰に、大富豪たちの長年の策略があることがわかる。メロン・スケイフ、オーリン、ブラッドリーといったオールドマネー(古くからの資産家)の名前も出てくるが、誰よりも目立つ活動をしてきたのがコーク兄弟だ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story