コラム

美しい山岳風景、地方からの没落をひしひしと感じる

2021年04月23日(金)15時09分

◆鳥の視点で旅の舞台を俯瞰

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同行のカメラマンがドローンを飛ばし、トップ画像を撮影

この旅は、毎回のように同行者が変わるのだが、今回同行したカメラマンのリュウゴ君が、大町郊外でドローンを飛ばしてくれた。その時撮影したのが、本稿のトップ画像である。僕は、写真家として、物事をさまざまな角度から見る「複眼の視点」を持つことをモットーにしているが、このような鳥の視点はまだ持ち合わせていない。自分たちが歩く土地、そして、今立っている場所を俯瞰するロマンは、言葉では言い表し難い。だからこそ、それを映像で共有したい。

この「徒歩の旅」は、本連載が終わってもライフワークとして続けていこうと思っているが、できればリュウゴ君には毎回鳥の視点を提供してほしいものだ。そんなことを思いつつ、鳥の視点を持たない僕は、せめてモノクロの視点でと、木崎湖に至る村の光景を記録した。

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大町郊外の農村地風景。モノクロの視点

◆「だが、それがいい」と思えるリアルな風情

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木崎湖の静かな佇まい

大町の市街地の北には、フォッサマグナ西端の糸魚川静岡構造線に沿って、木崎湖・中綱湖・青木湖と、「仁科三湖」と呼ばれる3つの湖が並んでいる。地殻の断層運動によってできた構造湖で、この旅のテーマの一つである日本列島の中心=フォッサマグナが形としてはっきり見える象徴的な自然だ。

国内で湖と言うと実は人造のダム湖であることが多くてがっかりするのだが、第18回で通った諏訪湖に続いて、これらの湖も正真正銘の自然の湖だ。僕は、ここに来るのは全くの初めてだったのだが、予断なく第一印象を感じたかったので、あえて事前情報にはなるべく触れないようにしてきた。

最初に出会った木崎湖のファーストインプレッションは、「意外と普通」。もっと山奥の自然の中にある湖を想像していたのだが、農村地帯の延長にこつ然と表れた感じであった。人々のリアルな暮らしと混じり合ったエリアに、ポーンと大きな湖があるイメージだ。湖岸にはキャンプ場や瀟洒な別荘地もあるのだが、地元住民の生活感が共存している。そして、今の日本の地方はどこでもそうなのだが、とりわけ廃墟が目立つ。昭和30年代以降にできた旅館などの往時の観光施設が景気後退で軒並み廃業したのだろう。観光客は、湖上にボートを浮かべるルアーマンが数組いただけ。コロナの影響やシーズンオフということを差し引いても、寂しい限りだ。

もともと都市圏から遠く、観光地としても一般市街地としてもメジャーになりにくい立地だ。それは、いいふうに受け取れば、変に美化されたり観光化されていないということ。リアルな風情があり、写真家的観点から見れば、それ自体はとても素敵なことだ。こういう寂れた場所を「だが、それがいい」と思えるかどうか。大げさだがその人の人間力と感性が問われるところだと思う。

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湖畔の施設の多くが廃墟となっていたのと相まって、春先の木崎湖は寂れていた

◆地方から進む日本のオワコン化

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駅前のドライブインは廃墟になって久しいようだ

仁科三湖はそれぞれ農具川によって繋がっている。上流の青木湖(周囲6.65km)と下流の木崎湖(周囲6.5km)はほぼ同規模で、なかなかの広さの本格的な湖である。その間にある中綱湖は3分の1ほどの小ささで、湖というより広めの池、もしくは川幅が広くなっている箇所に見えなくもない。湖畔にはスキー場とJRの駅があり、特に冬場や夏場のシーズンには、仁科三湖の要衝として賑わう場所なのだろう。

とはいえ、駅前の大きな高層のドライブインをはじめ、相変わらず廃墟が目立つ湖畔だ。このオワコン感は、青木湖の湖畔も同じだった。いずれも昭和の時代には、栄華を極めたのだろう。僕も、青木湖や木崎湖が「犬神家の一族」や「男はつらいよ」といった昭和の名画のロケ地となったのは知っているので、往時の青木湖や木崎湖のメジャーな雰囲気は想像できる。それに比べて今はどうか。ここだけが特別なのではなく、日本全体が今、地方から没落していっているのは、この徒歩の旅でひしひしと感じている。

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中綱湖の湖畔

◆黄昏れの湖畔のデジャヴ

芸術的観点からは、オワコン感も悪くない。仁科三湖の湖畔を歩いていて、僕は心地よい寂寞感を感じた。それは、いつかどこかで感じたことがある感傷だ。おそらくは、子供の頃に行ったスコットランドの湖の風情のデジャヴである。ネッシーで有名なネス湖をはじめ、スコットランド北部には無数に入り江状の湖(ロッホ)があり、最大のローモンド湖では、人っ子一人いない広大な湖で、寂しく一向に釣れない釣りをした思い出がある。

もちろん、冒頭で書いたように、ヨーロッパの自然は、日本のそれに対して、絵葉書的には圧倒的に美しい。それでも、ここ仁科三湖でデジャヴに陥ったのは、おそらく、僕が父の転勤で暮らしていた80年代当時のイギリスが、今の日本と同じ没落の時代で、相当なオワコン感に包まれていたからだと思う。どこへ行っても不景気で活気がなく、人々は覇気を失って青白い顔で町を彷徨っていた。今のコロナ禍の世の中の鬱屈感とはまた違う、「明日は今日より悪くなる」というあきらめと絶望に満ちた、下がり目の世相だった。

少子高齢化や産業のIT対応の遅れ、それらと連動した低賃金とデフレで、「日本はもはや先進国ではない」という分析も出始めている。僕も、こうしてリアルな日本を時間をかけて歩いていると、「日出ずる国」がすっかり黄昏れてしまったことを、サッチャー政権下のイギリスの空気感と重ねて実感している。

次回は、長野オリンピックで伝説の金メダルの舞台となった白馬のジャンプ競技場を目指す。延期の末のオリンピック・イヤーに、かつての栄光の残滓はどのように映るのだろうか。

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夕暮れの青木湖でゴール。80年代のイギリスの閉塞感がよみがえった

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今回歩いたコース:YAMAP活動日記

今回の行程:南大町駅 → 青木湖(https://yamap.com/activities/10372555)※リンク先に沿道で撮影した全写真・詳細地図あり
・歩行距離=15.8km
・歩行時間=8時間3分
・上り/下り=241m/122m

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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