コラム

美しい山岳風景、地方からの没落をひしひしと感じる

2021年04月23日(金)15時09分

◆鳥の視点で旅の舞台を俯瞰

A1_05652.jpg

同行のカメラマンがドローンを飛ばし、トップ画像を撮影

この旅は、毎回のように同行者が変わるのだが、今回同行したカメラマンのリュウゴ君が、大町郊外でドローンを飛ばしてくれた。その時撮影したのが、本稿のトップ画像である。僕は、写真家として、物事をさまざまな角度から見る「複眼の視点」を持つことをモットーにしているが、このような鳥の視点はまだ持ち合わせていない。自分たちが歩く土地、そして、今立っている場所を俯瞰するロマンは、言葉では言い表し難い。だからこそ、それを映像で共有したい。

この「徒歩の旅」は、本連載が終わってもライフワークとして続けていこうと思っているが、できればリュウゴ君には毎回鳥の視点を提供してほしいものだ。そんなことを思いつつ、鳥の視点を持たない僕は、せめてモノクロの視点でと、木崎湖に至る村の光景を記録した。

A1_05857.jpg

A1_05873.jpg

大町郊外の農村地風景。モノクロの視点

◆「だが、それがいい」と思えるリアルな風情

A1_05915.jpg

木崎湖の静かな佇まい

大町の市街地の北には、フォッサマグナ西端の糸魚川静岡構造線に沿って、木崎湖・中綱湖・青木湖と、「仁科三湖」と呼ばれる3つの湖が並んでいる。地殻の断層運動によってできた構造湖で、この旅のテーマの一つである日本列島の中心=フォッサマグナが形としてはっきり見える象徴的な自然だ。

国内で湖と言うと実は人造のダム湖であることが多くてがっかりするのだが、第18回で通った諏訪湖に続いて、これらの湖も正真正銘の自然の湖だ。僕は、ここに来るのは全くの初めてだったのだが、予断なく第一印象を感じたかったので、あえて事前情報にはなるべく触れないようにしてきた。

最初に出会った木崎湖のファーストインプレッションは、「意外と普通」。もっと山奥の自然の中にある湖を想像していたのだが、農村地帯の延長にこつ然と表れた感じであった。人々のリアルな暮らしと混じり合ったエリアに、ポーンと大きな湖があるイメージだ。湖岸にはキャンプ場や瀟洒な別荘地もあるのだが、地元住民の生活感が共存している。そして、今の日本の地方はどこでもそうなのだが、とりわけ廃墟が目立つ。昭和30年代以降にできた旅館などの往時の観光施設が景気後退で軒並み廃業したのだろう。観光客は、湖上にボートを浮かべるルアーマンが数組いただけ。コロナの影響やシーズンオフということを差し引いても、寂しい限りだ。

もともと都市圏から遠く、観光地としても一般市街地としてもメジャーになりにくい立地だ。それは、いいふうに受け取れば、変に美化されたり観光化されていないということ。リアルな風情があり、写真家的観点から見れば、それ自体はとても素敵なことだ。こういう寂れた場所を「だが、それがいい」と思えるかどうか。大げさだがその人の人間力と感性が問われるところだと思う。

A1_05901.jpg

A1_05914.jpg

A1_06089.jpg

湖畔の施設の多くが廃墟となっていたのと相まって、春先の木崎湖は寂れていた

◆地方から進む日本のオワコン化

A1_06148.jpg

A1_06141.jpg

駅前のドライブインは廃墟になって久しいようだ

仁科三湖はそれぞれ農具川によって繋がっている。上流の青木湖(周囲6.65km)と下流の木崎湖(周囲6.5km)はほぼ同規模で、なかなかの広さの本格的な湖である。その間にある中綱湖は3分の1ほどの小ささで、湖というより広めの池、もしくは川幅が広くなっている箇所に見えなくもない。湖畔にはスキー場とJRの駅があり、特に冬場や夏場のシーズンには、仁科三湖の要衝として賑わう場所なのだろう。

とはいえ、駅前の大きな高層のドライブインをはじめ、相変わらず廃墟が目立つ湖畔だ。このオワコン感は、青木湖の湖畔も同じだった。いずれも昭和の時代には、栄華を極めたのだろう。僕も、青木湖や木崎湖が「犬神家の一族」や「男はつらいよ」といった昭和の名画のロケ地となったのは知っているので、往時の青木湖や木崎湖のメジャーな雰囲気は想像できる。それに比べて今はどうか。ここだけが特別なのではなく、日本全体が今、地方から没落していっているのは、この徒歩の旅でひしひしと感じている。

A1_06149.jpg

中綱湖の湖畔

◆黄昏れの湖畔のデジャヴ

芸術的観点からは、オワコン感も悪くない。仁科三湖の湖畔を歩いていて、僕は心地よい寂寞感を感じた。それは、いつかどこかで感じたことがある感傷だ。おそらくは、子供の頃に行ったスコットランドの湖の風情のデジャヴである。ネッシーで有名なネス湖をはじめ、スコットランド北部には無数に入り江状の湖(ロッホ)があり、最大のローモンド湖では、人っ子一人いない広大な湖で、寂しく一向に釣れない釣りをした思い出がある。

もちろん、冒頭で書いたように、ヨーロッパの自然は、日本のそれに対して、絵葉書的には圧倒的に美しい。それでも、ここ仁科三湖でデジャヴに陥ったのは、おそらく、僕が父の転勤で暮らしていた80年代当時のイギリスが、今の日本と同じ没落の時代で、相当なオワコン感に包まれていたからだと思う。どこへ行っても不景気で活気がなく、人々は覇気を失って青白い顔で町を彷徨っていた。今のコロナ禍の世の中の鬱屈感とはまた違う、「明日は今日より悪くなる」というあきらめと絶望に満ちた、下がり目の世相だった。

少子高齢化や産業のIT対応の遅れ、それらと連動した低賃金とデフレで、「日本はもはや先進国ではない」という分析も出始めている。僕も、こうしてリアルな日本を時間をかけて歩いていると、「日出ずる国」がすっかり黄昏れてしまったことを、サッチャー政権下のイギリスの空気感と重ねて実感している。

次回は、長野オリンピックで伝説の金メダルの舞台となった白馬のジャンプ競技場を目指す。延期の末のオリンピック・イヤーに、かつての栄光の残滓はどのように映るのだろうか。

A1_06174.jpg

夕暮れの青木湖でゴール。80年代のイギリスの閉塞感がよみがえった

map3.jpg

今回歩いたコース:YAMAP活動日記

今回の行程:南大町駅 → 青木湖(https://yamap.com/activities/10372555)※リンク先に沿道で撮影した全写真・詳細地図あり
・歩行距離=15.8km
・歩行時間=8時間3分
・上り/下り=241m/122m

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story