コラム

政府機関はテロリストの通信をどこまで傍受していたのか

2015年11月19日(木)17時03分

24時間態勢のイギリス政府通信本部(GHCQ)を訪ねる財務大臣ジョージ・オズボーン。11月17日 Ben Birchall- REUTERS

 11月13日にまたもやフランスのパリでテロが起きたことは、大きな衝撃となった。思い返してみれば、2001年に米国で9.11テロが起きた後、イスラム過激派によるテロはヨーロッパに飛び火し、2003年にスペインのマドリードで列車爆破テロ、2007年には英国のロンドンでバス・地下鉄同時爆破テロが起き、今年1月にはパリで新聞社襲撃事件が起きた。

 10月末には、ヨーロッパではないものの、エジプトでロシア機が空中で爆破され、墜落している。ロシアはテロと認定するのに慎重だったが、11月13日のパリでのテロの後、ロシア機墜落もテロによるものと正式に認めた。

通信傍受は役に立つか?

 ロシア機墜落に関して、ロシア政府はいち早く何かに気づき、ロシアの航空機がエジプトを飛ぶことを禁じた。そして、英国と米国のインテリジェンス機関が何かをつかんでいるらしいという情報も流れた。英国でSIGINT(通信傍受によるインテリジェンス活動)を担う政府通信本部(GCHQ)がロシア機墜落に関する通信を傍受した際、犯行グループの会話の中で英国のバーミンガム地方のなまりのある英語が聞かれたとも報じられている。

 もしこの報道が正しければ、GCHQはある程度犯人グループに近い人々に目星を付け、通信をモニターしていたことになる。というのも、現在では日常的に通信回線を流れる通話、テキストメッセージ、電子メールなどが膨大になっており、いちいち全ての通話を聞くほどインテリジェンス機関も暇ではないからである。ある程度目星を付けたターゲットならば、通話を聞くなり、保存するなりしていた可能性は高い。

メタデータと通信の秘密

 2013年6月に、米国の国家安全保障局(NSA)のために働いていたエドワード・スノーデンがNSAのトップシークレットを暴露して以来、NSAやGCHQがどのような手法を使っていたのかがかなり分かってきている。その中で「メタデータ」という言葉が注目された。メタデータは通信の中身(「ペイロード」や「コンテント」と呼ばれる)ではなく、通信が行われた日時や送信元、送信先、使われたプロトコルなどを示す情報である。郵便に例えれば、宛名や差出人の情報、消印の情報に相当する。

 メタデータの読み取りを短絡的に批判する人も多いが、郵便局員が宛名を読まないと郵便を届けられないのと同じように、電子メールも宛先のアドレスを読まないと届けられない。人間が読むかコンピュータが読むかの違いはあるが、何らかのトラブルがあれば電子メールのサーバーの管理者がメタデータを読むこともあるだろう。通信の秘密は、そこで知り得た情報を第三者に漏らしてはいけないということである。

 インテリジェンス機関は、一般的な通信の場合はメタデータにアクセスするだけで不要なものを捨てている。すべてを保存しておくには多大なコストがかかってしまう。ブラックリストに載っているアドレスや、シグニチャと呼ばれる既知の悪い特徴を含むメタデータを自動でより分けている。

 したがって、ロシア機の事故に関連してバーミンガムなまりの通話の内容が傍受されていたとすれば、よほど強い監視対象だったことがうかがえる。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米メーシーズ、第4四半期利益が予想超え 関税影響で

ワールド

ブラジル副大統領、米商務長官と「前向きな会談」 関

ワールド

トランプ氏「日本に米国防衛する必要ない」、日米安保

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story