最新記事

人権問題

「国連が難民たちを実験動物に」 シリア難民キャンプの生体認証決済に倫理面で疑問の声

2022年12月18日(日)18時52分
虹彩認証の決済システムを利用するシリア人難民女性

ヨルダン東部アズラクのシリア難民キャンプでは、2児の母であるサミール・サボーさんが食料品の代金を払うため、懸命に目を見開いていた。国連が手がける虹彩認証の決済システムを利用するためだ。写真はこのシステムを使う女性のイラストレーション(2022年 トムソン・ロイター財団/Nura Ali)

ヨルダン東部アズラクに設けられたシリア難民キャンプでは、2児の母であるサミール・サボーさんが食料品の買い物代金を支払う際に、懸命に目を見開いていた。国連が手がける虹彩認証(瞳孔の周囲の虹彩パターンを通じた個人識別)の決済システムを利用するためだ。

このキャンプで暮らす4万人弱の難民の多くは、キャッシュレスでカードも必要ない同システムの利便性はよく分かっているが、好ましいと思う人は少ない。

2015年にアレッポから脱出してきたサボーさんも「本当にうんざりする。1回では認証されず、2回か3回はかかる。個人的には指紋認証の方がましだ」と話した。

国連世界食糧計画(WFP)は2017年、「ビルディング・ブロックス」と呼ぶブロックチェーン技術に基づいた支援プラットフォームを導入。現在ではヨルダンとバングラデシュで生活している100万人余りの難民向けに展開している。

WFPによるとこれを用いれば、現金や食糧、水、医薬品といったさまざまな種類の支援の追跡や調整、配達が可能となり、約250万ドル(約3億4000万円)の銀行手数料が節約できたという。

実験動物

しかしデジタル人権団体は、そうした新技術を難民など立場の弱いグループに使用することや、彼らが大事な身体に関するデータを食糧と引き換えに提供してしまうことに疑問を投げかけている。

ハーバード大学のバークマン・クライン・インターネット・社会センターのペトラ・モルナー研究員は「難民たちは実験動物になっている」と非難し、こうした実験が社会の片隅に追いやられている人々を対象に行われている事態に困惑を隠さない。

モルナー氏は「地元の食料店で突然、虹彩認証システムが既成事実化されたら、住民は武器を持って暴れ出すだろう。そんなことが難民キャンプではまかり通っている」とトムソン・ロイター財団に語った。

また支援が頼りの難民に、個人情報提供に同意するかどうか決める権利が果たしてあるのかと問う声も出ている。

チュニジアで人権問題を調査研究しているディマ・サマロ氏は「同意問題には疑問符がつく。難民が同意を与えるのは納得したからか、それとも強制されたからなのだろうか」と述べた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中