最新記事

日本社会

『動物のお医者さん』でも触れられなかった知らざれる獣医学生の団結と悲鳴

2022年3月31日(木)16時05分
茜 灯里(作家・科学ジャーナリスト)
参考書

一定以上の点数を取れば人数制限なく合格できるため、獣医師国家試験に臨む学生たちの間には協力する空気がある(写真はイメージです) ktasimarr-iStock

<需要が限られるため出版社が獣医師国家試験の対策本を作ることはない。そこで重宝されていたのが学生有志のつくる「北大まとめ」だったが、転売騒動で頒布停止に>

人に対する医療及び保健指導を業として行う医師と、人以外の動物全般に対する治療・予防行為を業として行う獣医師。対象が人か否かだけでなく、毎年、新たに免許を取得する数にも大きな違いがある。

医学部医学科を持つ大学は82校(防衛医科大学を含む)、獣医師養成課程のある大学は17校(2018年新設の岡山理科大を含む)だ。毎年、国家試験(国試)を受ける6年生の数は、医師と獣医師では10倍近い差がある。

医師、獣医師とも2月に国試があり、今年度は9222人(合格率91.7%)の医師と、960人(合格率80.3%)の獣医師が誕生した。合格率はどちらも8~9割と高い。だが、医学部や獣医学部の入試を乗り越えた精鋭たちが、教科書で数千~1万ページ分にもなる莫大な量の知識を、数カ月間、朝から晩まで勉強して身につけてやっと合格する試験なので、決して易しいわけではない。

分厚い教科書の中には試験に出ない部分も多く、それだけの分量を何度も読み返すことは難しい。大学によっては12月まで卒業論文の作成も行わなければならないため、効率よく国試の勉強をすることは、受験生にとって死活問題だ。

伝統的な互助組織と重宝してきた国試対策本

だが、獣医師の国試を受ける6年生は、毎年たかだか1000人程度だ。だから出版社は「たいして売れないから獣医師国家試験の対策本は作らない」という選択をしている。国試対策本であればカラー写真や図表が豊富に必要になるので、もし出版されたとしても受験生は一冊数万円のものを何教科分も買うことになるだろう。

そこで、獣医学生の間で数十年もの恒例になっているのが、全国の大学から選出された6年生で構成される「国試対策委員会」と呼ばれる互助組織だ。伝統的に学生有志が編集している北大(北大まとめ)、麻布大(麻布カラーアトラス)、日本獣医生命科学大学(日獣まとめ)などの対策本や各大学の模試を、印刷代程度で大学の垣根を超えて提供しあう。各大学の国試対策委員はクラスメイトに欲しいものを募り、取りまとめて作成した大学の委員に発注する。

獣医師国家試験は、一定以上の点数を取れば人数制限なく合格できる。だから、「対策本がないなら自分たちで作って、獣医学生全員で合格しよう」の精神で乗り切るのだ。始まりは定かではないが、獣医学部の現役の教授たちもかつて国家試験を受験した時には利用していた歴史のある取り組みだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の

ビジネス

イオン、米国産と国産のブレンド米を販売へ 10日ご

ワールド

中国、EU産ブランデーの反ダンピング調査を再延長
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中