最新記事

BOOKS

道路を渡り切れない老人は日本に300万人以上、その理由

2022年1月28日(金)19時55分
印南敦史(作家、書評家)
『道路を渡れない老人たち』

Newsweek Japan

<年を取れば、身体機能は低下する。ここには介護支援の問題が映し出されている>

多くの場合、横断歩道の青信号の点灯時間は、1メートルを1秒で歩ける人に合わせられているという。したがってほとんどの人が、無理なく道路を渡り切ることができる。少なくとも、理屈の上では。

あえて「理屈の上では」とつけ加えたことには理由がある。『道路を渡れない老人たち』(神戸利文、上村理絵・共著、アスコム)の著者で、リハビリ専門デイサービスを行っている「リタポンテ」の代表によると、実際にはこの速度で歩けない人が300万人以上存在するのだ。


リタポンテのご利用者さま397人について、歩行速度を調べたところ、約55.4%にあたる220人の歩行速度が0.8m/秒以下でした。
 また、397人全体の平均の歩行速度は、0.58m/秒となりました。(30ページより)

半数以上の人は、歩行者用信号が青のうちに渡り切れない可能性があるということ。したがって、事故が引き起こされる危険性も高くなるわけだ。

事実、警視庁交通局の発表によると、2020年の横断歩道横断中の交通事故死者数230人のうち、65歳以上の高齢者は186人。8割を高齢者が占めている。ちなみに、横断歩道以外での場所も含む横断中の交通事故死亡者数651人のうち、65歳以上の高齢者は537人。こちらもその割合は82%を超えている。

もちろん危険なのは道路だけではなく、高齢者が踏切内に残され死亡する事故も増えている。横断歩道にしても踏切にしても、なんらかの改善が求められている。

だが著者は、それよりも考えなくてはならないことがあると強調する。言うまでもなく、「なぜ青信号や踏切を渡り切れないほど、身体機能が低下してしまったのか?」ということだ。つまり彼らの多くは、のんびり歩いていたから渡り切れなかったのではない。一生懸命歩いても身体機能が追いつかず、渡り切ることができなかったというケースが多いのだ。

すると必然的に、介護による支援の必要が生じてくるだろう。青信号の間に道路を渡り切れないということは、すでに支援が必要な状態であることの目安になる。

だが、そうした現実があるにもかかわらず、なぜいまだに「道路を渡れない老人たち」が300万人以上もいるのだろう? そこには日本の介護支援の問題が映し出されていると考えることもできそうだが、だとすれば問題は何か。


 私は、大きく分けて、2つの問題があるのではないかと考えます。
 1つは、身体能力が弱っていても支援を受けていないということ。
 もう1つは、医師や介護の専門職による情報提供不足や介護に関する社会的インフラが整っていないなどの理由から、介護による支援を受けていても、支援のやり方などが間違っていて、結局、身体機能の改善が見られず、外出もできないまま、徐々に歩けなくなっていくということです。(36ページより)

身体能力が弱っていても支援を受けないのは、額面通りに受け止めれば不思議な話だ。しかし、そこに「介護の持つイメージ」が影響していると聞けば、どこか納得できるのではないだろうか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米債務急増への懸念、金とビットコインの価格押し上げ

ワールド

米、いかなる対イラン作戦にも関与せず 緊張緩和に尽

ワールド

イスラエル巡る調査結果近く公表へ、人権侵害報道受け

ビジネス

利上げの可能性排除せず、経済指標次第=米シカゴ連銀
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中