最新記事

エネルギー政策

脱炭素シフトで世界の優等生ドイツが「国中大停電の危機」に陥っている根本原因

2021年10月18日(月)18時05分
川口マーン惠美(作家) *PRESIDENT Onlineからの転載
ロシア=ドイツを結ぶ天然ガスパイプライン「ノードストリーム2」

原発と石炭を捨てたドイツにとって、急激な天然ガスの価格上昇は死活問題になりかねない。写真は建設中のロシアからの天然ガスパイプライン「ノードストリーム2」 Anton Vaganov - REUTERS

<にわかに国際的に問題となっている天然ガス不足。なかでも脱炭素へシフトしたドイツは危機的状況が待ち受けているという──>

9月15日の未明、フランスと英国を結ぶ送電線で原因不明の火災が起こり、2GWの送電能力のうちの半分が失われた。ドイツではそのとき初めて一般のニュースで、英国で天然ガスの値段が異常に高騰している事実が詳細に報じられた。

英国は「わずか1カ月半で70%増」の異常な値上げ

英国のガスの値段は今年の初めから9月の半ばまでで250%も上がっていた。8月から1カ月半だけで70%増という常軌を逸した上がり方だ。理由は品薄である。要するにガスが足りない。

天然ガスは発電に使われているので、もちろん電気代も跳ね上がっている。しかも、火災の起こった送電設備の復旧は来年というので、これから寒くなると電力が足りなくなる可能性が高い。値上げの終わりは見えなかった。

天然ガスが不足している理由は複合的だ。一番大きな理由は、アジアでの天然ガスの需要の急増。コロナ後、産業を回復させている中国の影響が大きい。中国はオーストラリアからの石炭の輸入を減らしていることもあり、現在、天然ガスを大量に買い込んでいる。また、他にも多くの国がCO2削減のために石炭から天然ガスにシフトしており、今や天然ガス不足は世界的な傾向だ。ある意味、予想されていた事態とも言える。英国は、今になって、一度反故にした原発新設計画をまた取り出しているが、もちろん急場の役には立たない。

食肉も医療品も供給できず......

天然ガス不足のために英国で起こっていることは多岐にわたる。肥料会社はエネルギーの高騰のためアンモニアの生産を中止し、その結果、副産物だったCO2が不足している。CO2は肉やビールの真空詰めに必要なため、回り回って食肉用の屠殺(とさつ)が滞っている。また、CO2は産業用製品の冷却や、ミネラルウォーターの製造、あるいは医療品にも必要で、手術のキャンセルも出ているという。その他、植物の生育を早めるため、温室に注入されることもある。すでに、クリスマスの食卓は大丈夫かなどという声も出始めた。

今年7月、長らく低迷していたドイツのインフレ率が、前年同月比で3.8%を記録した(過去10年の平均は1.3%)。分析に当たった連邦統計局は、コロナ対策として軽減されていた消費税が元に戻ったこと、サプライチェーンの混乱が続いていることなどを原因として挙げていたが、果たしてそうだろうか。

というのも、内訳をよく見ると、投資財、耐久消費財、一般消費財の値上げ率は、それぞれ前年比で1.3%、1.8%、1.5%にとどまっているのに対し、エネルギーだけが16.9%と群を抜いていた。つまり、ドイツのインフレも、その原因がガスの高騰であることは隠しようもなく、メディアではすでに「ガスフレーション」などという言葉が飛び交っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノバルティスとロシュ、トランプ政権の薬価引き下げに

ビジネス

中国の鉄鋼輸出許可制、貿易摩擦を抑制へ=政府系業界

ワールド

アングル:米援助削減で揺らぐ命綱、ケニアの子どもの

ワールド

訂正-中国、簡素化した新たなレアアース輸出許可を付
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中