最新記事

西サハラ

イスラエル・モロッコ国交、トランプが差し出した「ご褒美」のリスク

TRUMP HANDS VICTORY TO MOROCCO

2020年12月15日(火)17時35分
ジョシュア・キーティング(スレート誌記者)

ポリサリオ戦線の兵士とサハラ・アラブ民主共和国の国旗(写真は2016年11月3日、ティファリティ郊外にて) ZOHRA BENSEMRA-REUTERS

<「西サハラにおけるモロッコの主権を認める」との意表を突くツイートは、どんな意味があったのか。その歴史的経緯と、今が危険なタイミングだった理由を解説する>

アメリカがコロナ禍と大統領選の混乱に揺れるなか、トランプ大統領は12月10日、少しばかり意表を突いたツイートを発信した。

「今日、西サハラにおけるモロッコの主権を認める宣言に署名した」

西サハラ? なぜ今そんなことを? その答えは次のツイートにあった。

「われわれの偉大な友であるイスラエルとモロッコ王国が国交正常化に合意した」

つまりトランプは、モロッコがイスラエルを国家として承認するのと引き換えに、モロッコが長年欲しがっていた西サハラの領有権を認めたのだ。

トランプは、おそらく政権交代となる1月20日までに、できるだけ多くのアラブ諸国にイスラエルを承認させようとしている。そのための交換条件は、かなり太っ腹だ。アラブ首長国連邦(UAE)とは計2300億ドル相当のハイテク武器供給に合意。スーダンはテロ支援国家のリストから外した。そしてモロッコには西サハラを与えた。

アフリカ北西岸に位置するこの地域は、長年スペインが植民地として統治していた。だが1970年代に入ると、独立を目指す武装組織、ポリサリオ戦線が結成されて民族解放闘争を開始。隣接するモロッコとモーリタニアも、西サハラの歴史的領有権を主張し始めた。国際司法裁判所は1975年、両国の主張を退け、この地域の住民であるサハラウィが決定権を持つべきだという勧告的意見を国連総会に出した。

それなのに、スペインは1975年に西サハラの領有権を放棄するとき、北側3分の2をモロッコに、南側3分の1をモーリタニアに与えた(モーリタニアは後に放棄)。この取り決めには、西サハラが共産主義の足掛かりとなることを恐れたアメリカの意向が大きく働いたといわれている。これに反発したポリサリオ戦線は、サハラ・アラブ民主共和国を宣言し、モロッコと断続的に衝突を続けてきた。国連の仲裁で停戦合意が結ばれたのは、ようやく1991年のことだ。

トランプ外交の総決算が招く惨事

現在、サハラ・アラブ民主共和国は約80カ国に承認されており、アフリカ連合にも加盟している。その一方で、西サハラの85%はモロッコの実効支配下にあり、人工的に建設された「砂の壁」によって分断されている。そしてサハラウィの多くは、アルジェリアの難民キャンプに暮らしている。

冷戦も終わり、アメリカのこの地域に対する関心はかなり薄れていた。だからトランプは、比較的軽い気持ちで西サハラをモロッコに差し出したのかもしれない。だが、これは危険なタイミングとなった。11月にモロッコが緩衝地帯で軍事行動を開始したことを受け、ポリサリオ戦線が「武力闘争の再開」を宣言したばかりなのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:軽飛行機で中国軍艦のデータ収集、台湾企業

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中