最新記事

観光業の呪い

子供たちを食い物にする「孤児院ツアー」は偽善ビジネス

GOOD INTENTIONS DO WRONG

2020年3月25日(水)20時10分
ピーター・シンガー(プリンストン大学教授、生命倫理学)、リー・マシューズ(孤児院問題研究家)

ナイジェリアの孤児院を訪問したIMF専務理事時代のラガルド氏(2016年1月撮影) Stephen Jaffe/IMF Staff Photo/Handout via Reuters

<善意で支援しているつもりがかえって子供の不幸に加担してしまっていることもある。孤児院には、貧しい親を説き伏せて子供を施設に入れさせる「採用係」までいる始末>

アンジェリーナ・ジョリー、マドンナ、トランプ米大統領夫人のメラニア、そしてカニエ・ウェスト。ここ数年で貧困国の孤児院を(もちろん大勢の取材陣を引き連れて)訪れ、皆さん、困っている孤児たちに支援を、と呼び掛けたセレブの一部だ。

この手のツアーを、業界の仕掛け人たちは「倫理的ツーリズム」の実践と自賛する。お金の使い道に困る裕福な西洋人に、貧しい子らを助ける機会を提供しているからだ。訪問先では子供たちと遊び、抱き締めることもでき、帰るときには孤児院への寄付という善行も施せる。

参加する人の善意を疑うつもりはない。でも彼らには現実が見えていない。こうした孤児院ツアーの多くは子供を食い物にしている。孤児院側は潤うかもしれないが、「孤児」役の子供たちは悲惨だ。

貧しい国には孤児が多くて、食べるにも暮らすにも孤児院が必要で、そうした孤児院の維持には豊かな人たちの善意の寄付が必要だ、さもないと孤児たちは物乞いをするか、体を売るしかなくなる──そう思っている人が多い。

しかし、それは神話だ。ユニセフ(国連児童基金)によると、世界には1億4000万人の孤児がいる。ただしユニセフによる孤児の定義は「一方または両親を失った子」で、これが誤解のもとになる。ユニセフの調べで「両親を失った子」は約1500万人。一方の親を失った孤児はたいてい一人親と暮らしている。両親のいない孤児も、大半は祖父母や親戚の家で暮らしている。

寄付集めのプロなら誰でも知っているが、どんな美辞麗句を並べるよりも、悲惨な写真を1枚見せるほうが金は集まる。写真よりも、生きた孤児を見せ、孤児に触れさせるほうが得策なのは言うまでもない。

しかし、そこに「孤児」がいなければ寄付は集まらない。だから施設側は「採用係」を全国に派遣し、貧しい親を説き伏せて、子供を孤児院に入れさせる。時には、保護者に礼金を渡してでも。

孤児院があるから孤児がいる

こうした孤児院に入ると、子供たちは見学者との「交流」を強制される。断ることなど、できはしない。窮状を訴えるため、わざと子供を栄養不良に追い込む施設もある。両親とも死んでしまったと訴えるよう、子供に強いる施設もある。

国が貧しければ、諸般の事情で親と一緒に暮らせない子が一定数いるのは間違いない。そういう子のために善意で活動している孤児院があるのも事実。しかし、孤児院は本質的に子供にとって有害だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対

ビジネス

デフレ判断の指標全てプラスに、金融政策は日銀に委ね

ワールド

米、途上国の石炭からのエネルギー移行支援枠組みから

ビジネス

トランプ氏、NATO加盟国「防衛しない」 国防費不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中