EU離脱後の英国の進路──打ち砕かれた残留派の願い。離脱派の期待も実現しないおそれ
他方、英国とEUの「将来関係協定」の発効手続きを20年末までに終えることは困難と見られている。協定の叩き台となる「政治合意」では、財、サービスからエネルギー、漁業まで幅広い領域をカバーする経済関係だけでなく、安全保障のパートナーシップ、制度的な枠組みやガバナンスまでカバーする。
広範な分野をカバーすれば協議には当然時間を要するし、加盟国が権限を有する領域に及ぶため、批准手続きはEUの欧州議会だけでなく、加盟各国でも行う必要が生じる。
ジョンソン首相が、経済的な打撃の回避、あるいは、離脱を巡る英国の分断の修復のため、前言を翻し、移行期間の延長に動くとの期待もあるが、政治的には困難な選択だ。移行期間の延長には、EU予算への相応の拠出も必要になる。EUの通商政策の枠内にも置かれる。議会で過半数を得た今、「20年末の移行期間終了」の約束を果たせない責任を議会に転嫁できない。EUに譲歩したと見られれば、支持者の離反を招く。
ジョンソン首相の「将来関係協定」の「政治合意」は、財については関税ゼロ、数量割当の回避を求めるが、単一市場からは離脱、規制の乖離を容認する。
筆者は、移行期間の延長よりは、20年末の移行期間終了時に、比較的短期間での合意が可能と見られ、批准手続きも比較的容易な簡素なFTAと規制の同等性を評価する「同等性評価」の枠組みに基づく関係に移行する可能性の方が高いと思っている。
形としては「秩序立った離脱」だが、部分的で安定性を欠き、継続協議の領域を多く残すことになる。
離脱後の英国の成長戦略
EU離脱を実現したジョンソン政権には、離脱のベネフィットを具体的に示す政策を打ち出す必要がある。
EUは、離脱後の英国が、EUに対する競争上の優位性を高めるため、大胆な規制の緩和、税率の引き下げに動くことで、企業の誘致を図る「テムズ川のシンガポール」化構想を警戒する。
EU首脳らの警戒感は、「政治合意」の「競争条件の公平化」の文言が、メイ前首相との合意時よりも、ジョンソン首相との修正合意で、より強い表現が用いられたことにも滲み出ている。
しかし、離脱後の英国が「テムズ川のシンガポール」に舵を切ることを阻む力を持つのは、EUではなく、英国の有権者だろう。