最新記事

映画

『i―新聞記者ドキュメント―』が政権批判の映画だと思っている人へ

2019年11月26日(火)17時30分
大橋 希(本誌記者)

望月はとにかく怒りをストレートに表現する © 2019「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会

<森達也監督の最新作『i―新聞記者ドキュメント―』は「i」の意味を考えることの大切さを提示する>

あるジャーナリストが、「いろんなことに毎日怒ってばかりの人がけっこういるが、心の健康は大丈夫か」という趣旨のツイートをしていた。そういうシニカルな視点に、私は賛同できない。そうした怒りには原因があって、怒っている人を心配するのではなく、原因のほうを追及し、解決することに社会は動いたほうがいい。

そんなことを、現在公開中のドキュメンタリー映画『i―新聞記者ドキュメント―』を見て考えた。

同作は、今年6月に公開されて予想外のヒットとなった映画『新聞記者』のモデルとなった東京新聞の望月衣塑子記者その人を題材としている。監督は、オウム信者を追った『A』シリーズや『FAKE』などで知られる森達也。2本ともプロデューサーは河村光庸で、いわばきょうだいのような作品だ。

『i―新聞記者ドキュメント―』の中の望月は、とにかく怒りをストレートに表現する。取材相手に対しても、東京新聞の同僚に対しても――。それを大人げないとか、面倒くさいやつと思う人はたくさんいるはずだ。でも、冷静を装いながら見て見ぬ振りをしたり、論点をずらそうとするほうがずっとたちが悪いと思う。

望月を通じて感じるメディアの役割

望月が初めて菅義偉官房長官の記者会見で何度も質問を繰り返し、話題になったのは17年6月のこと(もう2年以上もたつのだ)。予定調和を破るやり方には賛否両論が起こり、あれこそ記者の仕事と喝采を送る人もいれば、正義の味方気取りと嫌悪感を表す人もいる。ただ、彼女は自分のやるべきことをやろうとしているだけで、何かを気取って会見の場に出ているのではないことは、映画の中に何度か登場する食事のシーンから想像できる。周囲にどう思われているかを気にするような人なら、ああした映像を撮られることは嫌がるはずだ。

もう1つ、望月への批判に「記者会見を妨害しているだけの人」というものがある。ネットのニュースなどで取り上げられる菅とのバトルだけ見れば、そんな印象を持つ人がいても仕方ない。でも、もちろんそんなことはなく、彼女は記者として日々いろいろな現場に足を運び、人と会い、質問を投げかけ、問題提起している。それは他の多くの記者もしていることで、彼らの無数の活動がニュースを生み、社会に議論を喚起する。彼女を通して、メディアの役割を改めて感じられるのではないだろうか。

映画が触れるのは辺野古の基地建設問題、森友学園・加計学園問題、伊藤詩織の準強姦被害の訴えなどで、登場人物は籠池夫妻や前川喜平・元文科省事務次官らおなじみの顔触れ。そのあたりに意外性はない(伊藤と民事訴訟中の山口敬之の姿だけはちょっと珍しい)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中