最新記事

ミャンマー

ロヒンギャを迫害する仏教徒側の論理

The Oppressor's Logic

2018年11月20日(火)14時45分
今泉千尋(ジャーナリスト)

ウィラトゥは「ミャンマーのビンラディン」と呼ばれている JONAS GRATZER- LIGHTROCKET/GETTY IMAGES

<ミャンマーの少数民族迫害はなぜ止まらないのか――憎しみが連鎖する本当の理由と強硬派仏教僧の素顔>

ミャンマーの治安部隊はロヒンギャを虐殺してなんかいない。昨年の8月25日に起きたことは、奴らの自作自演だ。この紛争のマスタープランを描いているのは、ロヒンギャのほうだ」

ミャンマー西部ラカイン州の州都シットウェ。地元のジャーナリストでラカイン州ミャンマー記者協会の議長を務めるウーコンサンリーは今年6月、筆者の取材に語気を荒らげ、さらに耳を疑うような話を続けた。

「事件が起きる少し前から一部のロヒンギャは家や家財道具を売り払い、農作物を育てるのをやめた。同胞の武装勢力が襲撃するのを知っていて、隣国バングラデシュに逃げる準備をしていたんだろう。あの事件はロヒンギャが国際社会の関心を引き、自分たちに有利なロビー活動をするために起こしたんだ」

情報源について尋ねると、ウーコンサンリーは、フェイスブックの写真付きの投稿を見せてきた。イスラム教徒が罪のない仏教徒を攻撃し、ミャンマーを乗っ取ろうとしていることを伝えるもので、反イスラムを扇動するグループが投稿したものだった。「奴らはラカインを乗っ取ろうとしているんだ」と彼は怒気を含んだ声で言った。

国連がミャンマー政府の人道的な責任を追及するなか、にわかには信じ難い話だが、筆者が取材した多くのラカイン人が情報源もはっきりしないこうした「陰謀論」を妄信していた。

11年に軍事政権から民政移管し、急速な発展を遂げるミャンマー。敬虔な仏教徒が多いことでも知られるこの国が、17年8月25日に起きたイスラム系少数民族ロヒンギャに対する大規模な迫害で揺れている。その背景には深刻な民族対立と宗教紛争、そして「ミャンマーのウサマ・ビンラディン」と呼ばれる強硬派の仏教僧の存在がある。

ラカイン州はミャンマー南西部を南北に走るアラカン山脈によって、最大都市ヤンゴンから地理的に分断されている。1785年にビルマ人に侵略されるまでアラカン王国という独立国家が栄えていたこともあり、ラカインの文化はミャンマーの多数派であるビルマ人のものとは大きく異なる。

ラカイン州はロヒンギャのホームランドだが、6割以上は仏教徒のラカイン人だ。ラカイン人もまたミャンマーの少数民族で、中央政府からの差別や搾取に長年苦しんできた。それ故、ラカイン州の貧困率は78%と全国平均37.5%(世界銀行2014)を大きく上回っており、国内で最も高い。シットウェは州都とは名ばかりの寂れた田舎町で、ヤンゴンの華やかな急成長ぶりからは完全に取り残されている印象を受ける。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英生産者物価、従来想定より大幅上昇か 統計局が数字

ワールド

トランプ氏、カナダに35%関税 他の大半の国は「一

ワールド

対ロ軍事支援行った企業、ウクライナ復興から排除すべ

ワールド

米新学期商戦、今年の支出は減少か 関税などで予算圧
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中