最新記事

エルサレム

エルサレムをめぐるトランプ宣言の行方──意図せず招かれた中東の混乱

2017年12月10日(日)01時01分
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

ガッツポーズも出たイスラエルのネタニヤフ首相 Ronen Zvulun-REUTERS

<トランプ大統領による、エルサレムを公式にイスラエルの首都と認める宣言をめぐり、ますます広がる混乱の意味を整理する>

トランプ大統領が12月6日に出した、エルサレムを公式にイスラエルの首都と認める宣言をめぐり、混乱が広がっている。パレスチナ自治政府は抗議のため、その日から3日間を「怒りの日」とし、パレスチナ自治区とエルサレムでは、大規模に増強されたイスラエル治安部隊とデモ隊との間で衝突が起きた。

最終日となる8日は、第一次インティファーダ(民衆蜂起)が起きた30周年の記念日でもあった。金曜礼拝後の衝突の中で、ガザ地区では男性2人が亡くなり、赤新月社の発表では、実弾・ゴム弾・催涙ガスの吸引などによりヨルダン川西岸地区とガザ地区で合わせて770名の負傷者が出ている(現地時間8日午後8時時点)。

事態について協議するため、ニューヨークでは国連安保理の緊急会合が開かれ、各国からアメリカへの批判が相次いだ。9日にはパレスチナとヨルダンの呼びかけで、アラブ連盟でも外相級の緊急会合が開かれる。来週には議長国であるトルコの呼びかけでイスラーム協力機構の緊急会合が開催される予定だ。

こうした状況を理解できず、ひとり困惑しているのは、おそらくトランプ大統領自身だろう。彼にとってこれは「パレスチナ・イスラエル紛争への新しいアプローチの始まり」にしか過ぎなかった。自分は中東和平を進めようとしたのに、これまでアメリカが繰り返してきた立場を、単に公式のものとして打ち出しただけなのに、なぜ人々は怒り、これほど非難するのか。だがそれこそが、トランプ大統領が中東外交に無知であり、積年の懸案であるイスラエル・パレスチナ紛争の仲介者に値しないことを示す根拠だ。

アラブ・イスラーム諸国に対する宣戦布告

トランプ大統領が宣言の中で何を述べたのか、振り返ってみよう。まず冒頭で、彼は今回の宣言が、先延ばしにされてきた大使館の移転決定を実行に移す決断であるとの位置づけを示した。オスロ合意の機運高まる1995年、アメリカ議会はエルサレム大使館法を可決している。この法は連邦政府に対して、アメリカ大使館を現行のテルアビブからエルサレムへ移転することを求めるものだ。しかしその実行は「権利放棄(ウェーバー)」され、執行停止が6か月ごとに繰り返されてきた。

これに対してトランプ大統領は、「同じことを繰り返しても、違ったよい結果は出ないだろう」から、ここに実行する、と高らかに宣言した。とにかく新しいことをやりたい、従来の大統領と自分は違うということを示したい、との意図は明白である。

続いてトランプ大統領は、エルサレムにイスラエルが権限を拡張してきた歴史に触れながら、エルサレムをイスラエルの首都と宣言する。そしてこれは、「分かりきったことをやっと認める、現実の追認に過ぎない」と強調している。すなわち、エルサレムがイスラエルの首都であることは明白である、誰にとっても分かりきった事実だ、という話の運びだ。だが果たしてそうだろうか。本当にそうであったなら、今回の宣言が国際社会や中東・イスラーム諸国からこれほどの反発を招くことはなかったはずだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾巡る日本の発言は衝撃的、一線を越えた=中国外相

ワールド

中国、台湾への干渉・日本の軍国主義台頭を容認せず=

ワールド

EXCLUSIVE-米国、ベネズエラへの新たな作戦

ワールド

ウクライナ和平案、西側首脳が修正要求 トランプ氏は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 6
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 7
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 8
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中