最新記事

国際政治

難民入国一時禁止のトランプ大統領令──難民の受け入れより難民を生まない社会づくりを

2017年2月6日(月)16時00分
米川正子(立教大学特任准教授、元UNHCR職員)

言い換えると、アメリカ政府は戦争を仕掛けている一方で、その犠牲者を手助けしているという矛盾した政策をとっているのだ。例えば、アメリカ政府のために働いているイラク人(例:在イラク米軍の通訳)が危険を冒しているために、アメリカ政府は彼らに特別な移民ビザを提供するという優遇措置を取ってきた。つまり「戦争協力と難民定住」がセットになっている。仕事と定住が交換条件であったかは不明だが、これらのイラク人は母国で戦争を仕掛けられ、かつアメリカ定住の「夢」も破れたという二重の意味でアメリカ政府から裏切られたことになる。

そもそもこのような戦争が仕掛けられなければ、難民が生まれることもない。しかし、あるアメリカ人のジャーナリストが嘆いていたように、そのような議論さえ一般的にアメリカ社会内外でされていないのが現状だ。その理由の一つに、近年、軍事産業が発展するにつれて、武器が、戦闘地に送られるタンクから、遠距離から操作できるドローンへと変わり、戦争の実態がますます不可視化していることが挙げられる。そのため、上記の「難民を入国させよ」デモの参加者の中には、「戦争反対」のデモに参加した人は少ないことだろう。

アメリカなどが過去に難民入国禁止と追放に関与

ドイツのメルケル首相が述べたように、ジュネーブ条約により、「国際社会」は人道的な理由から難民を受け入れる義務がある。しかしアメリカは1980年代以降、犯罪人や「テロリスト」でないにもかかわらず、近隣国のハイチ難民に入国を禁止してきた歴史がある(西アフリカの国々はアメリカに追随し、同様な政策をとった)。

ちなみにトランプ大統領は「私たちの政策は、オバマ大統領が2011年にイラク難民に対するビザを6か月にわたって停止した政策と似ている」と述べたが、正確には停止ではなく、ビザ発行が「減速」しただけである

難民の受け入れ以外に、「国際社会」はもう一つ重要な義務がある。それは難民条約第33条「追放及び送還の禁止」(「ノン・ルフールマン(non-refoulement)」の原則)で、難民は彼らが迫害の危険に直面する国(母国を含む)への強制送還や恣意的な逮捕から難民を守ることを意味する。最も重要な難民保護の礎石なのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 3
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ」が物議...SNSで賛否続出
  • 4
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 5
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 6
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 7
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 8
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 9
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 10
    高市首相の「台湾有事」発言、経済への本当の影響度.…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中