最新記事

遺伝子工学

生きた細胞の遺伝子を7色にマーキング

生きた細胞のゲノムに7色のマーキングをする「CRISPRainbow」

2016年4月25日(月)16時10分
山路達也

生きた細胞のゲノムに7色のマーキング 細胞内で発現している遺伝子をリアルタイムに顕微鏡で観察することが可能に UMass Medical School-YouTube

ゲノム編集技術の革命「CRISPR-Cas9」

 遺伝子工学の分野で今一番注目されているキーワードと言えば、間違いなく「CRISPR-Cas9(クリスパーキャスナイン)」だろう。Jennifer A. Doudna博士とEmmanuelle Charpentier博士によって開発された、このゲノム編集技術によって生物のゲノム(遺伝情報)を編集することが格段に簡単でスピーディになり、開発者である両博士のノーベル賞受賞はほぼ確実と言われている。動植物の品種改良、病気の治療などCRISPR-Cas9を利用したさまざまな研究が世界各国で進められており、2015年4月には中国の研究チームがCRISPR-Cas9でヒトの受精卵のゲノムを編集したことが大きな議論を呼んだ。

 CRISPR-Cas9は、細菌がウイルスから身を守るための仕組みを応用している。

 細菌は、侵入してきたウイルスのDNAを細菌自身のゲノムに取り込み、コレクションしていく。再度同じウイルスが細菌に侵入すると、コレクションからコピーされた「ガイドRNA」がウイルスのDNAを照合し、ガイドRNAにくっついている酵素「Cas」がウイルスのDNAを切断して撃退する。

 Doudna博士とCharpentier博士は、この仕組みを元に任意のガイドRNAを使える技術を開発。これがCRISPR-Cas9だ。ゲノムを編集したい研究者は、該当箇所のDNA配列と同じ配列のRNAを作りさえすれば、あとはこのRNAがガイドとなって該当箇所を勝手に見つけ、くっついている酵素Cas9がその箇所を切断してくれる。この時、任意の配列のDNAをCas9といっしょに注入しておけば、切断された箇所にそのDNAが挿入される。つまり狙った箇所に対して確実に望みの遺伝子配列を挿入できるわけだ。

生きた細胞のゲノムに7色のマーキングをする「CRISPRainbow」

 マサチューセッツ大学メディカルスクールのThoru Pederson博士、Hanhui Ma博士らが開発した「CRISPRainbow」は、CRISPR-Cas9を応用して、生きた細胞のゲノムに7色のマーキングをする技術である。受精卵の細胞がどのように分化していくのか、あるいはガンがどうやって生まれてくるのか、そのメカニズムを知るためには染色体上にあるどの遺伝子がどのタイミングで働いているのか知ることが非常に重要になってくる。

 研究チームは、酵素のCas9を変異させ、該当箇所のDNA配列を切断しないようにした。そして、ガイドRNAに赤、青、緑のいずれかに光る蛍光タンパク質を入れておく。あとは、ガイドRNA+変異させたCas9を細胞核に入れれば、該当箇所のDNA配列に蛍光タンパク質が結合する。これで赤、青、緑の3色でのマーキングが可能になった。

 さらに別の色でマーキングしたければ、同じ手順を繰り返して、該当箇所に2つ目の蛍光タンパク質をくっつければいい。赤と青の蛍光タンパク質で紫、赤と緑で黄色、緑と青でシアンの3色を表現できる。赤、青、緑の蛍光タンパク質がすべて揃ったら白色になる。要するに、液晶テレビと同じに用に光の三原色を使って7色を表現しているのだ。

 CRISPRainbowを使ってマーキングすることで、細胞内で発現している遺伝子をリアルタイムに顕微鏡で観察することが可能になる。これからしばらくゲノム分野での新発見が相次ぐことになりそうだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

ロイターネクスト:米第1四半期GDPは上方修正の可

ワールド

プーチン氏、5月に訪中 習氏と会談か 5期目大統領

ワールド

仏大統領、欧州防衛の強化求める 「滅亡のリスク」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中