最新記事

中国共産党

中国の「反スパイ法」と中国指導部が恐れるもの

2015年10月9日(金)17時59分
小原凡司(東京財団研究員)

 この心配はもっともである。そして、これが、二つ目の理由に関係している。その二つ目の理由とは、スパイ行為として取り締る対象の拡大である。軍事施設に対する情報収集活動だけでは全く不十分なのだ。

 不十分どころか、中国指導部が最も恐れるスパイ行為は別にある。中国共産党の統治を覆そうとする思想や運動を社会に広げることだ。反スパイ法が定めるスパイ行為には、「中国の安全に危害を及ぼす活動」や「官僚等を誘惑し買収し国家を裏切らせる活動」など、情報収集以外の諜報活動を広くカバーする表現が用いられている。

 中国には、毛沢東が国民の反米意識を煽るために使った「和平演変」という考え方がある。毛沢東は、米国を始めとする西側諸国が、軍事力ではなく、自由や民主主義といった思想の浸透という平和的手段によって、中国共産党の統治を覆そうとしている、と非難したのだ。現在の「和平演変」の概念では、この平和的手段に経済も含まれている。

暴動が起きると周囲との接触を遮断する理由

 思想の浸透は、人と人との接触によって起こる。付き合いの中で相手を感化していくのだ。しかし、個人的に思想の影響を受けただけでは、大した問題にならない。思想が広まるからこそ、全国的な運動になり、脅威になるのである。

 民衆の不満も同じことだ。不満に基づく暴動も、局限された地域に封じ込めることが出来れば怖くない。2010年には、中国国内で18万件もの抗議活動が展開された。現在では、暴動は年間20万件に上るという分析もある。これら1件1件は、分断されていれば、封じ込められる。

 暴動などが起きた村を、地方の警察や武装警察が取り囲んで、周囲との接触を遮断するのはこのためだ。地方の暴動が横につながっていくと、中央は倒される。中国の歴代王朝が倒されたのも同様であったし、中国共産党自身が行ったことでもある。

 だからこそ、中国指導部は、共産党統治に対抗する動きがつながることに敏感に反応するのだ。2014年6月には、中共中央規律検査委員会の社会科学院に駐在する規律検査組が、「社会科学院は、外国勢力の点対点の浸透を受けている」と批判した。「点」とは、個人のことをいう。外国人との個人的なつながりを批判されたのである。

 しかし、問題は、「浸透を受けた」のが中国国内で影響力を持つ国務院系シンクタンクであったということだ。外国勢力による中国共産党にとって不都合な思想の浸透が、個人のレベルに止まらず、中国社会や政府にも拡散する恐れがあるから、非難されたのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、高市首相の台湾発言撤回要求 国連総長に書簡

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 7
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中