人類の未来をつくり出した「7年間一度も座ったことがない男」:AI誕生秘話
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<時は、2012年。その名は、ジェフリー・ヒントン。人工知能の創世記から今に至る歴史(のほんの一部)を、人間ドラマから探る>
自動運転車やディープラーニングに関する話題を目にしない日がないくらいに、目まぐるしく進化する人工知能(AI)の世界。どこかSFの世界を見ているかのような、近未来を感じさせる話題に胸躍らせたことがあるはずだ。
しかし、その技術者の名前が思い浮かぶことは少ないのではないか。むしろ、AI開発に資金を投資する事業家ばかりがクローズアップされるほうが多いかもしれない。
人類の未来をつくり出しているのはどんな人々なのか。そんな彼らの人間くさい素顔に迫った本がこのたび発売された。『ジーニアス・メーカーズ――Google、Facebook、そして世界にAIをもたらした信念と情熱の物語』(小金輝彦・訳、CCCメディアハウス)だ。
本書は、ニューヨーク・タイムズの記者ケイド・メッツがAIにかかわる重要人物500人以上に取材した、AIの近代史ともいうべき物語でもある。
AI開発の最前線を走る技術者とその才能を見いだして莫大な資金を投じる事業家たちに肉迫した本書を読めば、人類の未来は今、彼らの手によってつくられていると改めて実感するだろう。
キーマンであるAI技術者から、最先端技術をめぐる人と金の動きを見ていこう。
持病で7年間一度も座ったことがない男
その名は、ジェフリー・ヒントン。1970年代から活躍するAI技術者であり、たった3人の会社を率いる。そんな彼の会社を、バイドゥ、グーグル、マイクロソフト、そして世界でほとんど知られていない設立2年のスタートアップ企業が大金をかけて奪い合うオークションが2012年に行われていた。
「最後にまともに座ったのは、2005年だった」とヒントンは言う。椎間板ヘルニアを極度に悪化させて、座ることをやめた。
トロント大学の研究室では、立ったまま作業のできる机を使う。食事のときは、クッション材の入った小さなパッドを床に敷き、テーブルの前にひざまずいた。長距離を移動するには、列車を使う。
ヒントンとヒントンの研究室で学ぶ大学院生2人からなる「DNNリサーチ」は、その入札が始まる2カ月前に、コンピューターによる世界の見方を変えていた。ニューラルネットワークと呼ばれる、脳の神経回路網を数理モデルで表現したものを構築したのだ。
それによって、かつては不可能だと思われていた、花や犬や猫といったありふれた物体を正確に識別することが可能になった。
ニューラルネットワークは、膨大な量のデータを分析することによって、この非常に人間的な技術を習得することができた。ヒントンはこれを「ディープラーニング」と呼び、その潜在力は非常に高かった。
コンピューター・ビジョンだけでなく、音声デジタル・アシスタントから自動運転車や創薬まで、すべてを一変させるのは確実だとされる。