飲まずにいられない呪縛から解き放つ禁酒薬の普及に壁
The Underprescribed Pill
ILLUSTRATION BY NATALIE MATTHEWS-RAMO/SLATE
<安全性も効果もFDAのお墨付きなのに、誤解や宣伝不足で医師も処方に及び腰>
2017年、ケイティ・レインは1週間に何度も飲酒で気を失っていた。平日の夜はワインを最低でも1本は空け、週末にはウオッカをがぶ飲みする日々。30代で肺塞栓症を発症し、主治医から飲みすぎとの関連を指摘されたが、飲まずにはいられなかった。
そんなとき、医師からナルトレキソンを処方された。脳の報酬系の化学反応を阻害する薬だ。レインはすぐ変化に気付いた。「ワインの3杯目をグラスに注いだけど、飲まずじまい。信じられなかった。人生が一変する出来事だった」。それから4年、彼女は一度も飲酒していないという。
アメリカでは、依存症をはじめ、長期間の多量飲酒によるトラブルを抱えるアルコール使用障害(AUD)の患者が1200万人近くに上る。米疾病対策センター(CDC)の定義によれば、多量飲酒とは女性は1回(2時間程度)4杯以上、男性は5杯以上。AUD絡みの死者数は自動車事故、臓器不全、癌、急性アルコール中毒を合わせて1日約500人に上る。
ナルトレキソンは減酒や断酒に役立つ安全で有効な薬であることが多くの研究で分かっており、1994年にAUD治療薬として米食品医薬品局(FDA)に承認された。だが、処方はなかなか進まない。昨年の全米調査によれば、処方されたのはAUD患者の1%前後だった。
意志の弱さと見なす風潮
原因はナルトレキソンに関する知識不足と、AUDを病気ではなく意志の弱さと見なす風潮にあると専門家は指摘する。「医師でさえ、アルコール依存症を『過ちを犯している』と捉えがちだ。アルコールや薬物などの使用に問題がある人の治療を自分の仕事だと思っていない」と、依存症治療に詳しいワシントン大学医学部のアンドルー・サクソン教授(精神医学)は言う。
その結果、多くの医師が依存症治療の最新研究に関する知識を身に付けていない。「つい最近まで私たちは、AUDの治療法は完全禁酒しかないと思い込んでいた」と、サクソンは言う。
ハーバード大学医学大学院のイーデン・バーンスタイン医師も同じ意見だ。「いまだに多くの医師が、アルコール依存は個人の道徳的欠点であって、薬で治すものではないと思い込んでいる」
FDAが承認したAUD治療薬には、ほかにアカンプロサートとジスルフィラムがある。どちらも服用中に飲酒するとひどく気分が悪くなるが、飲酒の予定があるときだけ服用をやめれば不快感は避けられる。