最新記事
医療

飲まずにいられない呪縛から解き放つ禁酒薬の普及に壁

The Underprescribed Pill

2024年8月1日(木)19時24分
ローニ・ジェイコブソン
アルコール依存症治療薬ナルトレキソンのイメージイラスト

ILLUSTRATION BY NATALIE MATTHEWS-RAMO/SLATE

<安全性も効果もFDAのお墨付きなのに、誤解や宣伝不足で医師も処方に及び腰>

2017年、ケイティ・レインは1週間に何度も飲酒で気を失っていた。平日の夜はワインを最低でも1本は空け、週末にはウオッカをがぶ飲みする日々。30代で肺塞栓症を発症し、主治医から飲みすぎとの関連を指摘されたが、飲まずにはいられなかった。

そんなとき、医師からナルトレキソンを処方された。脳の報酬系の化学反応を阻害する薬だ。レインはすぐ変化に気付いた。「ワインの3杯目をグラスに注いだけど、飲まずじまい。信じられなかった。人生が一変する出来事だった」。それから4年、彼女は一度も飲酒していないという。


アメリカでは、依存症をはじめ、長期間の多量飲酒によるトラブルを抱えるアルコール使用障害(AUD)の患者が1200万人近くに上る。米疾病対策センター(CDC)の定義によれば、多量飲酒とは女性は1回(2時間程度)4杯以上、男性は5杯以上。AUD絡みの死者数は自動車事故、臓器不全、癌、急性アルコール中毒を合わせて1日約500人に上る。

ナルトレキソンは減酒や断酒に役立つ安全で有効な薬であることが多くの研究で分かっており、1994年にAUD治療薬として米食品医薬品局(FDA)に承認された。だが、処方はなかなか進まない。昨年の全米調査によれば、処方されたのはAUD患者の1%前後だった。

意志の弱さと見なす風潮

原因はナルトレキソンに関する知識不足と、AUDを病気ではなく意志の弱さと見なす風潮にあると専門家は指摘する。「医師でさえ、アルコール依存症を『過ちを犯している』と捉えがちだ。アルコールや薬物などの使用に問題がある人の治療を自分の仕事だと思っていない」と、依存症治療に詳しいワシントン大学医学部のアンドルー・サクソン教授(精神医学)は言う。

その結果、多くの医師が依存症治療の最新研究に関する知識を身に付けていない。「つい最近まで私たちは、AUDの治療法は完全禁酒しかないと思い込んでいた」と、サクソンは言う。

ハーバード大学医学大学院のイーデン・バーンスタイン医師も同じ意見だ。「いまだに多くの医師が、アルコール依存は個人の道徳的欠点であって、薬で治すものではないと思い込んでいる」

FDAが承認したAUD治療薬には、ほかにアカンプロサートとジスルフィラムがある。どちらも服用中に飲酒するとひどく気分が悪くなるが、飲酒の予定があるときだけ服用をやめれば不快感は避けられる。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中