オークションで「至宝」を見抜き、競り勝つために必要なもの
写真はイメージです SeventyFour-iStock.
<ヘミングウェイの書簡、ナポレオンの死亡報告書、エディソンの試作品......。なぜ次々と大発見ができるのか。史料文書のプロ、ネイサン・ラーブが『歴史の鑑定人』に綴った歴史的至宝にまつわるミステリアスな物語>
インターネットオークションやフリマアプリが身近な今、歴史上の偉人が書いた文書や著名人が使っていた物品を手に入れるのは、さほど難しくないようにも感じられる。
けれども、画面の中で見つけたそれらは、本当に真正品(ほんもの)だろうか。そんなに簡単に見極められるものだろうか。
『歴史の鑑定人――ナポレオンの死亡報告書からエディソンの試作品まで』(筆者訳、草思社)の著者ネイサン・ラーブは、成り行きで父親の会社を手伝うことになり、署名入り文書や史料文書の取引の世界に足を踏み入れる。
父の指導で鑑定や取引の手腕を磨いていく過程でさまざまな逸品に出合うが、それらは必ずしも最初から高評価を受けてはいない。
例えば、オークションのカタログで簡単に紹介されていただけの文書が、実はあのロゼッタストーンをフランスから奪えというイギリスの将軍の命令書なのに、そこに気づいていたのは著者の父親だけ。驚くほど安価で競り落とせたそれは、後日大英博物館が買い上げたほどの貴重な史料だった。
かと思えば、元大学教授が相続した数々の著名人の署名入り文書の中で購入に値したのは、オーヴィル・ライトが飛行に言及した書簡と、ヘミングウェイが釣りを語った書簡の2通のみ。ほかの単なる自筆文書とは段違いの、彼らがのちに歴史に名を残す理由となる点に触れた文書だったからだ。
でも、文書を目にしたときに、その内容と署名者の業績や経歴とを瞬時に結びつけられなければ、真価には気づけない。文書の価値を見抜けるかどうかは、積み上げた知識と経験に裏付けられた直感が働くかどうかにかかっているのだ。
ときには予想だにしない文書に遭遇することもある。アインシュタインの書簡を持っている人物から、ほかにも見せたいものがあると言われ、著者父子が書簡を受け取りがてら訪ねてみると、そこには驚愕のアーカイブが存在していた。
ヒトラー支配下のドイツを逃れてアメリカに渡ったユダヤ人科学者ゲオルク・ブレーディヒの孫が、祖父と父が文字通り命懸けで守った貴重な科学系文書や書簡の一切を地下室に保管していたのだ。
そしてそれらと共に現れたのは、ユダヤ人迫害の詳細が読み取れるブレーディヒ父子のやりとりや、強制収容された家族、隠れ住んでいた知人からの手紙の山だった。著者たちはアーカイブを全力で整理して関係機関に託し、稀有の一次史料が歴史に埋もれるのを防ぐことができた。
あたかもミステリー短編集のように
ほかにも、女性の参政権獲得に尽力したスーザン・B・アンソニーの書簡、マーティン・ルーサー・キングが刑務所で書いたラブレター、ジョン・F・ケネディの録音テープなど、会社を共同で経営する著者とその父親が遭遇した数々の歴史的至宝とそれらにまつわる物語は、あたかもミステリー短編集の様相だ。
なぜ彼らには次々と大発見ができるのか。オークションにせよ、持ち込まれた品にせよ、とくに注目されていない文書が実は至宝だと気づけるだけの、知識と経験を持ちあわせているからだ。贋作の見極めもまたしかり。なぜか惹かれる、あるいは、どうもおかしい、という「ひらめき」があれば、調べを尽くし、真贋を鑑定する。
そして、この仕事の学びに終わりはない。著者は日々新たな知識を蓄積しながら、文書の価値を見極め続けている。