コラム

米中貿易「第1段階合意」を中国はマジメに履行しない

2020年01月20日(月)11時23分

一方の中国側にとっては、アメリカの諸要求を一方的に呑まされたこの合意内容は単なる敗北というよりも屈辱的な降伏、「城下の盟」というべきだろう。屈辱の合意だからこそ、習近平国家主席は署名式には出席せず、副首相の劉鶴を派遣して代役をさせた。それは当然、国家元首としての習の体面と権威を何とか保つための必要最低限の措置だろう。以前、劉が貿易協議の中国側代表としてアメリカを訪れる時、「国家主席特使」という肩書を付けることが多いが、今回はその肩書もない。習と今回の屈辱的合意との関係性を極力薄めたいという中国政府の思惑が見え透けている。

中国政府にとって、副首相の劉をアメリカに派遣して署名させたことにはもう1つの政治的効果があった。自国の副首相がホワイトハウスで、アメリカの国家元首たるトランプとあたかも対等であるかのように文書に署名したことで、中国政府は一般国民に「中国が優位である」との錯覚を与えることができた。実際、テレビを通してこの光景を眺めた多くの中国人ネットユーザーは一斉に「中国が凄い!」と興奮し、合意の内容とは関係なくいい気分になっていたようだ。

米中の「第1段階の合意」はこれで成立したが、今後の最大の問題は中国政府がこの合意内容をきちんと履行していくのかどうかにある。

そして私の結論は、それは今年11月のアメリカ大統領選の結果次第である。

一体どういうことか。合意内容の一つである、中国側が約束した追加2000億ドル分の米国製品の購入を例にとってみればわかりやすい。

米大統領選に潜む大きな「抜け穴」

合意に従って、中国は2020年と21年の2年間で、農産物・エネルギーなどを含めた米国製品を追加で2000億ドル分を買うこととなっている。しかし一部の経済紙や専門家が分析したように、その完全履行は中国にとって極めて難しい。経済の減速に従って中国の国内需要がむしろ減っていく中で、今までの輸入ペースを維持した上でさらに米国製品を追加で大量購入するのは、国内需要の面からしても購買能力の面からしてもかなりの無理を強いられる。

その一方、明確な数値目標が決められているこの約束の履行を、中国がごまかすのも結構難しい。履行しなければ、トランプ政権はいつでも中国に対する制裁関税の追加や引き上げを実行する。

それでは中国はどうするのか。実は中国にとって幸いなことに、「2年間で2000億ドル分の米国製品を買う」という約束には、米大統領選と絡む1つの大きな抜け穴がある。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

パキスタン首都で自爆攻撃、12人死亡 裁判所前

ビジネス

独ZEW景気期待指数、11月は予想外に低下 現況は

ビジネス

グリーン英中銀委員、賃金減速を歓迎 来年の賃金交渉

ビジネス

中国の対欧輸出増、米関税より内需低迷が主因 ECB
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入…
  • 7
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 8
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story