コラム

圧倒的に議論が不足している経済安全保障問題

2022年02月16日(水)14時45分

岸田政権は「経済安全保障」を重要政策と位置付けているが…… Yoshikazu Tsuno/POOL/REUTERS

<日本経済の問題の本丸は、生産拠点だけでなく先端技術などの高付加価値部門まで国外に流出させて国内産業を空洞化させていること>

岸田政権は「経済安全保障」を重要政策と位置付けており、その法制化、つまり「経済安全保障法制」を制定しようとしています。重要なテーマだと思いますが、圧倒的に議論が不足しています。

非常に単純化していえば、まず一方には、日本の技術が外国に勝手に持ち出されて日本を敵視するような軍事転用がされては大変だとか、同盟国からも要請があるので規制すべきだという立場があります。これは、いわば積極推進派ということになるのでしょう。

反対に、現状としては日本の製造業の多くの企業は中国などを製造拠点にしており、技術の持ち出しはすっかり日常化しています。そんな中で、突然法律が適用されて、公安調査庁の係官が怖い顔をして監視に入ってくるようでは、日常業務が回らないという不安もあるようです。つまり経済界としては一般的にやや消極的というのが本音だと思います。罰則規定を緩和して欲しいというような意見として出ているのはこの立場です。

経済界の中でも、軍需という公共投資に期待する中で、経済安全保障政策の強化を歓迎する部分もあるようです。軍需は非公開ですからイノベーションに後ろ向きになるし、市場は同盟国に限定され、また自国の財政を毀損し、最終的には死の商人に堕落して国家同士の対立を歓迎するということから、過度に依存すると「安全の保障」にはなリません。ですが、産業によっては、過去の産業衰退をどうすることもできなかった経緯の延長で、一線を越えて積極的になる勢力はあるわけです。

日本経済の「産業空洞化」

難しいのはコンピュータのソフトに関する安全保障です。特に最先端のプログラミング技術を駆使して、ターゲットのサーバなどに不正アクセスして社会に大きな損害を与える「サイバーテロ」の問題については、単に法律を作って取り締まるだけでは効果は限定的です。具体的には、個々の局面で「より高い技術力によって防御を行う」という「力と力」ならぬ「知恵と知恵の戦い」に勝利していかねばなりません。必要な人材を育成し、相互に信用して活躍させる仕組みが何としても必要です。

さらに言えば、巨額の資金と努力を注ぎ込んで開発した技術を、外国に売り渡すという行為への反省も必要と思います。半導体や液晶技術に関しては、基礎的な技術の多くが日本の発明であるにも関わらず、経営力と資金不足のために多くのノウハウが国外に流出しました。国策として進められた増殖炉技術についても、海外に安く叩き売りされてしまいました。このように、国家そのものを構成する技術を切り売りするというのは、仮に非軍事であっても経済安全保障に反するという考え方も必要と思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、イランのエネルギー施設攻撃を10日間停

ワールド

仏、ホルムズ海峡再開に向け多国間協議実施 純粋な防

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、中東緩和期待遠のき「有事の

ビジネス

「米大手銀は高い耐性」、事前のリスク監視は必要=ク
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 2
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終回に世界中から批判殺到【ネタバレ注意】
  • 3
    「俺たちはただの人間だ」――BTSが新アルバム『ARIRANG』に託した想い、全14曲を【徹底分析】
  • 4
    意外と「プリンス枠」が空いていて...山崎育三郎が「…
  • 5
    デンマーク王妃「帰郷」に沸騰...豪州訪問で浮かび上…
  • 6
    まずサイバー軍が防空網をたたく
  • 7
    トランプが誤算? イラン攻撃延期の舞台裏、湾岸諸国…
  • 8
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 9
    「予想よりも酷い...」ドラマ版『ハリー・ポッター』…
  • 10
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 1
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公開...母としての素顔に反響
  • 2
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 3
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラリアの「NVES規制」をトヨタが切り抜けられた理由
  • 4
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 5
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店…
  • 6
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 7
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 8
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 9
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 10
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story