コラム

銃乱射事件を政治問題化するトランプの苦境

2016年06月14日(火)15時00分

 というのは、他でもないドナルド・トランプ候補が激しい勢いで、事件を政治問題化しているからです。トランプは、事件当日の12日からツイートで攻勢を開始し、13日の午前中にはテレビ各局の電話インタビューを受けると共に、午後にはニューハンプシャー州で支持者を集めたスピーチを行って全米に中継させています。

 その内容ですが、かねてから言っていた「イスラム教徒の移民受け入れ停止」という政策を「即時実施する」という主張が一つ、そしてオバマ大統領とヒラリー・クリントン候補が示唆している「銃規制」を完全に否定するというものです。とにかく、事件をチャンスと捉えて「一気に政治的な攻勢をかけよう」という姿勢は明らかです。

 トランプは、ここ数週間苦境にありました。自分の詐欺まがいのビジネス(トランプ大学)が多くの被害者から告訴され、その訴訟を担当する連邦判事を「ヒスパニック系」だと露骨に差別する暴言を繰り返した結果、共和党の政治家たちから激しい批判を浴びていたからです。

 トランプにとって、この事件は形勢をひっくり返す「チャンス」なのは間違いないでしょう。まず移民問題に関しては、今回の狙撃犯が「アメリカ生まれ」であることはまったくのお構いなしで、「父親も怪しい。とにかくイスラム系の移民は即時停止。シリアからの難民を受け入れるというオバマとヒラリーはアメリカを危険に陥れる存在だ」と徹底的にまくし立てています。

【参考記事】史上最悪の銃乱射、トランプが「イスラム入国禁止」正当化

 また銃規制に対しても激しく反発しており、「事件現場に銃があったら、こんなに死なずに済んだ」という、乱射事件が起きるたびにNRA(全米ライフル協会)が口にする主張を繰り返すばかりか、「銃規制とは善人から銃を取り上げることだ。そうなれば銃を保有するのは悪人ばかりになる」とまで言っています。

 これに対してヒラリーは、「今日という日に問題を政治化したくない」としながらも、トランプの攻勢に対しては反撃しないわけにはいきません。ヒラリーは、オハイオ州のクリーブランドで演説して「銃規制」と「イスラム差別レトリックを許さない」という点を強調し、徹底的に対決する姿勢を見せています。

 この問題は今後どのように展開するのでしょうか? まず民主党ですが、大統領選で銃規制を争点にするのは困難が伴います。というのは、中西部の山岳地帯や大平原を中心に民主党支持者の中にも銃保有者は多数存在するからです。そのためにこの8年間、オバマ政権は決して銃規制に積極的にはなれなかった経緯があります。またヒラリーの場合、特に8年前の「ヒラリー対オバマ」の熾烈な予備選の際に「銃はアメリカの心」だと主張して銃保有者の支持を獲得しようとしたことがあるのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

EU・仏・独が米国非難、元欧州委員らへのビザ発給禁

ワールド

ウクライナ和平の米提案をプーチン氏に説明、近く立場

ワールド

パキスタン国際航空、地元企業連合が落札 来年4月か

ビジネス

中国、外資優遇の対象拡大 先進製造業やハイテクなど
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 2
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 8
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 9
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 10
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story