コラム

「TPPの湯」に入れない中国の自業自得

2015年10月09日(金)20時00分

 中国経済の飛躍は2001年のWTO(世界貿易機関)加盟後に始まった。時のアメリカ大統領ビル・クリントンは連邦議会の議員を説得するため、こう語ったものだ。曰く、中国のWTO加盟を助けることは中国経済の開放だけでなく、人権問題の改善と政治の自由化に役立つ、と。当時、中国の首相だった朱鎔基はWTO加盟のためさまざまな約束を承諾したが、その実共産党は約束を果たすつもりはさらさらなかった。朱鎔基はその著書『朱鎔基講話実録』の中で、WTO加盟4カ月後の講演で地方官僚に対して、外国勢力による西洋化と中国の分裂の企てを防ぐよう注意喚起していたことを明かしている。

 中国はWTOに加盟して15年、その利益を享受し尽くす一方で、規則を守る態度を示してこなかった。中国の加入後WTOの訴訟件数は急増したが、その大多数は中国が原因で引き起こされたものだ。WTOには厳しい罰則規定がないという構造欠陥がある。規則に違反しても一時的に違反行為をやめればペナルティを科されず、賠償金額もさかのぼって算定されることはない。徹底してルールを守らず自由を謳歌する中国の態度は、信用を守ることを何より重視する国をあきれさせた。

 中国をWTOに受け入れるにあたって、異議を唱えた国は少なくない。長年の中国との付き合いから、彼らは中国を受け入れることが誤りだと考えた。中国は約束をいったんは受け入れるが結局は守らず、国際経済に面倒をもたらす、と知っていたからだ。このような考えからシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリの4カ国は、さらに高い基準も持ち、敷居も高い自由貿易協定であるTPP(環太平洋経済連携協定)をつくり出した。中国が国際経済の中でゴジラのような破壊者になるに従い、アメリカは中国のWTO加盟を支持したことを後悔したのか、何とか解決の道を探し始めた。アメリカはTPPに加盟後、すぐにこの小さな経済組織にまったく新しい意味を与え、さらに多くのアジア・太平洋国家に加入をうながし、さまざまな障害をすみやかに克服してついに10月5日に合意に達した。

 現在、中国経済の60%以上は対外貿易によってつくり出されている。深刻な景気後退の兆候が表れている今、TPPが中国経済に対して与える打撃は小さくない。アメリカはTPPが中国に敵対するものではないと繰り返し説明し、日本も中国が加入するのを歓迎すると言っている。しかし、TPPの規則は中国に対して厳しく、共産党政府が到底実現できない内容だ。たとえば構成国の政治体制は自由、民主、人権などの普遍的価値観を尊重することを求められている。国有企業と私営企業の同等な待遇を定め、かつ期限付きで国有企業の私有化を求めている。農産物市場や金融、物流などの開放も含まれているが、どれも中国には実現できないものばかりだ。またTPPは監督不能に陥ったWTOの二の舞いを避けるため、約束違反を犯した構成国の資格を取り消すとも定めている。

 WTOという池の水はすでに中国という破壊者によってすっかり汚されてしまった。アメリカは環太平洋諸国を引き連れてTPPを完成したが、その最大の受益者は元の共産主義国家であるベトナムだ。このかつてない自由貿易協定に参加するため、ベトナムは抜本的な体制改革を断行し、東南アジアの次の「スター国家」になるだろう。そしてアメリカは一気呵成にTTIP(環大西洋貿易パートナーシップ)も完成させる。TPPとTTIPの完成で、全世界の貿易量の70%が新しい秩序に組み込まれるが、中国はそれを外から指をくわえて見ることしかできない。しかし、ほかの国が中国を排斥するのではなく、中国が自分で自分たちを世界秩序の外へ押し出してしまったのだ。ベトナムはすでに努力して過去の「汚れ」を洗い落とし、世界秩序に加わろうとしている。中国共産党にベトナム共産党と同じ挑戦をする勇気があるだろうか?

<次ページに中国語原文>

プロフィール

辣椒(ラージャオ、王立銘)

風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英生産者物価、従来想定より大幅上昇か 統計局が数字

ワールド

トランプ氏、カナダに35%関税 他の大半の国は「一

ワールド

対ロ軍事支援行った企業、ウクライナ復興から排除すべ

ワールド

米新学期商戦、今年の支出は減少か 関税などで予算圧
今、あなたにオススメ
>
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story