19世紀フランスを舞台にした映画『ポトフ 美食家と料理人』:美食の世界への新たな視角
カンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞、トラン・アン・ユン監督の新作『ポトフ 美食家と料理人』
<カンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞した『ポトフ 美食家と料理人』は、トラン・アン・ユン監督が美食の世界を新たな視角から描き出し、料理の意味を深く探求する......>
『青いパパイヤの香り』や『夏至』、『エタニティ 永遠の花たちへ』などで知られるトラン・アン・ユン監督。カンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞した新作『ポトフ 美食家と料理人』では、『美味礼賛』を書いた美食家ブリア=サヴァランをモデルにした小説にインスパイアされた彼が、美食、というよりも料理の意味を独自の視点で掘り下げていく。
美食の極致を追求するシャトーの物語:美食家と料理人の共同作業
舞台は、19世紀末、フランス北西部の森のなかに建つ瀟洒なシャトー。そこに暮らしているのは、食を探求し芸術にまで高めた美食家ドダンと、彼が閃いたメニューを完璧に具現化する料理人ウージェニーのふたりだ。彼らが生み出した極上の料理は人々を魅了し、その名声はヨーロッパ各国にまで広がっていた。
ある時、ユーラシア皇太子から晩餐会に招待されたドダンは、豪華なだけで論理もテーマもない大量の料理にうんざりする。そんな彼は、大胆にもフランスの家庭料理ポトフで皇太子をもてなすことに決め、ウージェニーに協力を求める。ところが、それを快諾した彼女が突然、倒れてしまう。ドダンは、初めてすべて自分の手で作る渾身の料理で、彼女を元気づけようとするのだが...。
現代料理のパラドックスを映す、歴史と現代の料理文化の探求
本作では、当時の日常生活や料理の過程などが、歴史に忠実に細部まで実に生き生きとリアルに再現され、目を奪われる。だが、トラン・アン・ユンが関心を持っているのは、おそらく美食の歴史だけではない。彼の独自の視点は、省略表現と深く結びついているが、その意味を明らかにするためには、当時の背景を知るよりも、現代の料理をめぐる状況を確認しておく必要があるだろう。
そこで注目したいのが、マイケル・ポーランの『人間は料理をする』とメアリー・ベス・オルブライトの『こころを健康にする食事の科学』だ。この2冊には、現代の料理に関するパラドックスが指摘されている。
前者では、著者ポーランがテレビを見ながら気づいたパラドックスが、以下のように綴られている。
「それは、わたしたちは、キッチンを捨て、食事の大半を食品産業に委ねるようになってから、むしろ食べ物について考えたり、テレビの料理番組を見たりする時間が長くなったのではないか、というものだ。日々の生活の中で、料理にあてる時間が短くなればなるほど、わたしたちは食べ物と他人が作った料理に引き寄せられていくように思えた」
後者では同様のことが、以下のように綴られている。
「25年ほど前から、私たちは食べもの関係のテレビ番組や料理コンテストに夢中になっているが、それは私たちが料理をしなくなった部分的な原因、あるいは部分的な結果のどちらかだ。この25年間にテレビでシェフを見る人は大いに増えたが、実際に料理をする人の数は減少した(ポルノを見る人の数と実際にセックスをする人の数についても同じことが言える)。私たちは厄介な現実を受け入れるよりも、リアルな生活を巧妙に模倣した作りごとを観たいのだ」
ただし、そんなパラドックスの先に見えてくるものは次元が違う。前者でポーランは、人が料理から遠ざかるにつれて、食べものに対する見方が変わっていき、ついにはイメージだけで栄養を摂るようになると考える。
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