コラム

人間が登場しない廃墟の映像が語るもの:映画『人類遺産』

2017年03月03日(金)11時30分

<世界70ヶ所以上で撮影された廃墟の映像で構成されている映画。圧倒的な映像美が、さまざまなイメージを喚起する>

『いのちの食べかた』(05)や『眠れぬ夜の仕事図鑑』(11)で注目されたドキュメンタリー作家ニコラウス・ゲイハルターの新作『人類遺産』は、世界70ヶ所以上で撮影された廃墟の映像で構成されている。映画には、ドーム型の巨大なホール、水没した街、炭鉱、映画館、テーマパーク、オフィス、病院、空港、寺院、教会など様々な廃墟が映し出される。

そのなかには、長崎の軍艦島や福島の立ち入りが制限されている区域など、日本人であればすぐにそれとわかる場所も含まれている。だが、この映画では、それぞれの廃墟の背景や情報は重要ではない。ゲイハルターの作品には、ナレーションや字幕、音楽などは一切なく、その解釈は観客に委ねられている。

もちろん、だからといってゲイハルターに独自のヴィジョンがないわけではない。この映画は、世界中に点在する無数の廃墟を、漠然と無差別に映し出しているわけではない。興味深いのは、彼がこの作品について、ドキュメンタリーよりもフィクションに近いと語っていることだ。

では、フィクションの要素はどのように表れているのか。ゲイハルターが、インスパイアされたもののひとつとして、ジャーナリストのアラン・ワイズマンが書いた『人類が消えた世界』を挙げていることは、そのヒントになる。

このノンフィクションでは、ある日、忽然と人類が消えるという仮定のもとで、その後の地球の姿が科学的見地や実地調査を駆使して予測されている。ゲイハルターは、いま実際に存在する廃墟を通して、そんな未来像を描き出そうとする。だからこの映画には、略奪に遭ったり、落書きで汚されたような廃墟は登場しない。

oba2.jpg

oba3.jpg

廃墟の選択の基準はもちろんそれだけではない。そこにはゲイハルターの関心が表れている。たとえば、屠畜場の廃墟だ。彼は、工業化された食糧生産の実態に迫る『いのちの食べかた』で、人間が家畜をどう扱っているのかを浮き彫りにした。そのこだわりは新作にも引き継がれている。

彼は理想的な屠畜場を見つけ出すことができなかった。それでも屠畜場がどうしても必要だったため、映画では、イタリア、デンマーク、ポーランドで撮影された素材が組み合わされているという。それは戦争をテーマにした映像にも当てはまる。この映画には、森や入り江に放置された戦車や軍艦が映し出されるが、それはおそらく同じ戦争の遺物ではないだろう。つまり、映画のなかで固有の廃墟の境界は曖昧になり、全体を通してひとつの世界が構築されていくのだ。

しかし、ゲイハルターが描き出そうとしているのは、ノンフィクションにインスパイアされた未来像だけではない。注目しなければならないのは、廃墟における自然と人工物の関係だ。美術史家のクリストファー・ウッドワードは、『廃墟論』のなかで以下のように書いている。


「私は思うのだが、自然の力とのダイナミックでいきいきとした対話が見てとれないような廃墟では、いかなるところといえども、そこを訪れた人の想像力に暗示を与えることはできないだろう」

ゲイハルターも明らかにこの映画でウッドワードが指摘する部分を強調している。この映画では、朽ちていく人工物と植物や鳥、風、雨、雷鳴、雪、光といった自然との対話が演出されている。演出というのは、人間が出す人工的な音を完全に排除するために、現場音にこだわらず、映像に合わせて独自に音の世界を構築していることを意味する。これもフィクションの要素といっていいだろう。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ネクステラ、グーグルやメタと提携強化 電力需要増

ワールド

英仏独首脳、ゼレンスキー氏と会談 「重要局面」での

ビジネス

パラマウント、ワーナーに敵対的買収提案 1株当たり

ワールド

FRB議長人事、大統領には良い選択肢が複数ある=米
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 10
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story