クロアチア:憎しみが支配する場所で、愛が最優先されることは可能か
ダリボル・マタニッチ監督『灼熱』。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門、審査員賞を受賞
<91年に勃発したクロアチア紛争の悲劇とその後の時代が、斬新な手法で結びつけられていく映画『灼熱』>
忘れ去られる歴史、その先にあるべき希望
最近の旧ユーゴスラビア諸国の映画のなかで、市場経済によって変化する現代と民族紛争という過去をとらえる視点が対照的で印象深かったのが、パヴレ・ブコビッチ監督の『Panama』(15)(※『インモラル・ガール〜秘密と嘘〜』のタイトルでDVD化されている)とVuk Rsumovic監督の『No One's Child』(14)だ。監督はともにセルビア出身だが、その視点はユーゴ諸国全般に当てはまる。
『Panama』では、大学で建築を学び、奔放なセックスライフを送る主人公が、クラブで偶然出会った女性にのめり込んでいく。彼女のSNSに自分が知らない別の顔を発見した彼は、彼女の足跡をたどって街中を彷徨う。やがて彼女は幻影であったかのように消え去り、その解釈は観る者に委ねられることになるが、興味深いのは、清潔で洗練された空間で生活する主人公が、瓦礫の山や廃墟に導かれていることだ。それは、市場経済のなかで忘れ去られる歴史を暗示していると見ることもできる。
一方、実話に基づく『No One's Child』では、これまでにない視点から歴史が見直される。物語は1988年にボスニア・ヘルツェゴビナの山林でオオカミと暮らす少年が発見されるところから始まる。彼はユーゴスラビアの首都だったベオグラードの孤児院に送られ、徐々に野獣から人間へと変貌を遂げていく。しかし、紛争が勃発しユーゴが解体すると、故郷に送り返され、銃を持たされ、戦場に駆り出される。このドラマのなかの主人公は、運命に翻弄される弱者だが、野生を内に秘めたその存在は、民族的アイデンティティに揺さぶりをかけ、現代に訴えかけるパワーを放っている。
冒頭からなぜこのような対比をしたかといえば、今回取り上げるダリボル・マタニッチ監督の『灼熱』(15)に、両作品に通じる視点が盛り込まれているからだ。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞に輝いたこの作品では、91年に勃発したクロアチア紛争の悲劇とその後の時代が、斬新な手法で結びつけられていく。
映画は3部構成で、1991年、2001年、2011年という異なる時代を生きる若いセルビア人女性とクロアチア人男性の物語が描かれる。そんな3組の男女を同じ俳優が演じ、しかも同じ場所を舞台にしているため、物語が展開するに従って、そこに直線的な流れとは異なる密接な繋がりが生み出されるのだ。
紛争が始まろうとする1991年には、隣り合う村に暮らす恋人同士のイェレナとイヴァンが、戦火を逃れてザグレブに移るという願いも叶わず、引き裂かれていく。紛争終結後の2001年には、母親とともに廃墟と化した我が家に戻ったナタシャと、その家を修理するために母親に雇われたアンテが、互いの民族を憎みながらも惹かれあう。平和を取り戻した2011年には、ザグレブの大学に通うルカが久しぶりに帰郷し、過去と向き合う決心をする。彼はかつて恋人マリヤを妊娠させ、交際に反対する母親に仲を引き裂かれ、逃げるように故郷を後にしていた。
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