コラム

「血脈」を重視する習近平が「台湾・香港」に固執する理由

2022年05月25日(水)17時16分
習近平

領土の回復は習近平の至上命題だ(3月13日の北京冬季五輪閉幕式)Peter Cziborra-REUTERS

<政治、経済、軍事の面で圧倒的な存在感を放つ「習近平中国」の脅威を、台湾と香港はどの国、どの地域よりも感じてきた。中国が強硬な姿勢に出れば出るほど、台湾と香港は中国から離れていく負のスパイラルはいつまで続くのか。ジャーナリスト・野嶋剛氏が「台湾・香港」から現在の習近平下の中国の実像に迫った『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)より一部を抜粋する>

回復されるべき領土

台湾・香港問題が、中国にとってどれほど特別な意味を持っているのか。中国はなぜそこまで「台湾・香港」にこだわり続けるのか。こうした「そもそも」の部分が、実は簡単なようで難しく、知っているようで実は見落とされがちなところだ。

第一に、中国にとって台湾・香港問題は「領土問題」である。しばしば日本人から「台湾問題は、日本にとっての北方領土や竹島の問題と似たようなものですか」と質問されることがあるが、どう答えていいか窮してしまう。「外部勢力によって不法占拠」された「我が国の領土」という現状認識において違いはない。一方、国家にとっての重要性という点では、明らかに位置付けが異なっている。

日本人が北方領土や竹島の帰属を重視していない、というつもりはない。ただ、中国の「領土」への固執は、日本人とはちょっと異なるところから思考されている問題だからだ。北方領土や竹島について日本人には「本来我々のものが他人に奪われた」という不満や憤りがある。一方、台湾や香港の問題については「我々が弱いために奪われてしまった」という中国社会の歴史的コンプレックスが投影されている。

nojima-web220524_02.jpg

中国の近代は、清朝の衰退のもと、このままでは中国という古から連綿と続く栄光ある国家が滅んでしまうという恐怖から始まった。その始まりは、19世紀のアヘン戦争による香港島の英国への割譲(のちのアロー戦争〈第二次アヘン戦争〉による九龍半島割譲も)と日清戦争による台湾の日本への割譲である。20世紀に入って欧米やロシアの勢力が租借などの方法で中国に次々と入り込んできた。

そこで、中国も近代国家にならって清朝の末期から次第に「nation」と呼ばれる「国民国家」の方向に舵を切ろうとしたが間に合わず、辛亥革命によって清朝が倒され、中華民国が成立した。清朝末期に生まれた「国民国家として領土はしっかりと守らないといけない、奪われてはならない」という発想は中華民国に受け継がれた。

そこで浮上したのが、不平等条約の解消による領土の復活という目標だった。中国はアヘン戦争や日清戦争を不義の戦いと位置付け、その結果結ばれた条約を解消あるいは改定させることで領土を取り戻すことにつなげようとした。

そして、それが中華民国、ひいては中華人民共和国の至上命題になった。

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、フェンタニル巡る米の圧力に「断固対抗」=王外

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 5
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 6
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story