コラム

岸田政権は「海外に資金をばらまいている」のか?

2023年08月17日(木)18時10分

このタイミングでODAを増やしているのは日本だけではない。先進国30カ国が2021年に提供したODAは合計約1860ドルだったが、2022年にはこれが約2113億ドルにまで増加した。

そこには主に以下のような理由があげられる。

・コロナ禍による悪影響は途上国でむしろ大きく、ワクチンを一回も打てていない人が人口の過半数を占める国も貧困国には少なくない。

・多くの途上国ではウクライナ侵攻による穀物価格の高騰に加えて、地球温暖化の影響による干ばつや洪水、さらにバッタの急増などで食糧危機が広がっている。

・生活苦を背景に、イスラーム過激派によるテロや、クーデタも増えている。

・その結果、世界の難民が1億人を突破しているが、そのほとんどは途上国・新興国で保護されている。

つまり、危機が広がっているがゆえに、国際協力へのニーズは高まっているのだ。

情けは人のためならず

同じようなことは、これまでも石油危機(1973-74)、冷戦終結(1989)後の景気後退、リーマンショック(2008)など、大きなショックの折にみられ、その度に先進国はODAを増やした。

こうした背景のもと、OECDの統計では2022年の日本のコロナ関連(約33億ドル)とウクライナ関連(約7億ドル)のODAはそれぞれ先進国中第1位、第3位(米加に次ぐ)だった。

ただし、念のために付言すれば、それは人道主義といった高尚な理念だけが理由ではない。

途上国・新興国で政情不安が広がれば、資源調達にブレーキがかかったり、進出している企業の安全が脅かされたりしかねない(日本政府の言い方で言えば「...世界が抱える課題の解決に取り組んでいくことは我が国の国益の確保にとって不可欠となっている」)。

また、その良し悪しはともかく、「相手が困っている時こそ協力すれば自国の影響力が強まる」という政治的モチベーションは、程度の差はあれ、どの国でも働きやすい。

つまり、このタイミングで途上国・新興国にODAを増やすことには、長期的には先進国ひいては日本自身のため、という外交方針があるといえる。

仲間内のピア・プレッシャー

それに加えて、日本には先進国の大きな方針から逃れにくいという事情もある。

とりわけ中ロとの緊張が高まるなか、先進国はグローバル・サウスの支持を取り付ける必要に迫られている。それは冷戦時代、共産主義陣営との対決を念頭に「援助競争」を繰り広げたのとよく似た構図だ。

「アメリカ第一」を掲げたトランプ政権の時代、アメリカは資金のセーブを優先させ、これが結果的に中ロの影響力を拡大させた。コロナ感染が拡大した直後、中ロが途上国にいち早く支援を行ったことは、先進国の内向き姿勢と対照的だった。

これがグローバル・サウスの先進国離れを加速させたことから、アメリカで中ロの「封じ込め」を意識するバイデン政権が本格稼働し始めた2021年以降、先進国は遅ればせながらコロナ関連支援を増やしたのである。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国、北朝鮮に軍事境界線に関する協議を提案 衝突リ

ワールド

バングラデシュのハシナ前首相に死刑判決、昨年のデモ

ワールド

中国、G20での高市首相との会談拒否 台湾発言を問

ワールド

インタビュー:経済対策、補正で20兆円必要 1月利
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story